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チーム崩壊を招く「セットプレー依存」。フットボール戦術の落とし穴

ヴィクトル・ギェケレシュ 写真:アフロスポーツ

戦術の硬直化と「フットボールIQ」の低下

セットプレーへの依存が進行すると、戦術面だけでなくピッチ上でプレーする選手たちの思考や判断力にも悪影響を及ぼす。なぜなら、本来「得点を奪うための手段」であったはずのセットプレーが、いつしか「セットプレーを獲得すること」自体が目的となってしまうからだ。

相手陣内にボールを運んだ際、積極的にシュートを狙ったり、リスクを負ってドリブル突破を仕掛けたりするべき場面でも、安易にコーナーキックや良い位置でのフリーキックを獲得しようとするプレーが散見されるようになる。場合によっては、相手のファウル誘発を優先するようになる。

こうした傾向が強まると選手たちのプレー選択は極度に限定され、戦術的な柔軟性が著しく失われていく。試合の状況を瞬時に読み取り、最適かつ創造的なプレーを選択するという本来の「フットボールIQ」が育たず、むしろ低下していく危険性がある。

結果として、オープンプレーにおける実践的な判断力が失われ、あらかじめ決められた「形」をなぞるだけの選手が生み出されてしまうのだ。これは単にチーム戦術の停滞を招くだけでなく、選手個人の成長にも悪影響を及ぼしかねない。将来的に別クラブへ移籍した際、柔軟な戦術適応力や即興性に欠けると評価されれば、キャリア形成において不利に働く可能性もあるだろう。

さらに、相手の対策を上回ろうとするあまり、ショートコーナーなど複雑なセットプレーを過剰に導入すると、今度は選手側の負担が増大する問題も生じる。ショートコーナーは通常のコーナーキック以上に多くの選手が連動するため、細かな立ち位置やタイミングの共有が不可欠であり、その分、連携ミスも起こりやすく、一度ミスが発生すれば相手に広大なスペースを与えた状態でカウンターを受ける危険性も高まる。

つまり、セットプレーへの依存は、単に戦術の偏りを生むだけではない。選手の判断力や創造性を鈍らせ、さらにはチーム全体の柔軟性までも奪ってしまう危険性を孕んでいるのだ。


選手への過度な依存と、チーム内部の亀裂

また、セットプレーはその性質上、チーム全体の総合力よりも「個の能力」に結果が左右されやすいという特徴を持つ。極端な話、世界で一番キックが上手い選手と、世界で一番ヘディングが上手い選手が存在すれば、セットプレーだけで一定数の得点は成立してしまう。どれほど緻密なサインプレーをデザインしたとしても、最終的には正確で質の高いボールを供給できるキッカーと、ゴール前で競り勝ち強烈なヘディングを叩き込めるターゲット役が存在しなければ成り立たない。セットプレー戦術は本質的に、特定の個人能力への依存度が極めて高いのである。

当然、セットプレーを主軸に据えた戦術を採用すれば、チームは特定のキッカーやターゲット役に強く依存する構造になっていく。彼らが負傷や累積警告によって欠場した途端に、チームの得点源は完全に断たれてしまうだろう。加えて、ゴール前での混戦においては、ボールが選手に当たってコースが変わるなど偶発的な要素が結果を左右する場面も多い。セットプレーは再現性の高い戦術として語られることもあるが、実際には“事故”や“運”に依存する側面も決して小さくないのである。

さらに深刻なのは、こうした偏った戦術がチーム内部に不満や軋轢を生み出す可能性が高いことである。本来、フットボール最大の魅力とは、選手たちが流動的に連動しながらアイディアと技術を駆使してゴールを奪うことにある。足元の技術に優れ、パスワークやコンビネーションを武器とする選手たちにとって、セットプレー獲得ばかりを狙い、ひたすらゴール前へボールを送り込む単調な戦術は決して魅力的ではないはずだ。

もちろん、ロングボールやセットプレーそのものを否定するものではないが、それだけに依存し、流動性や創造性を失った戦術は、選手たちから「自分たちの良さを発揮できない」と受け止められる危険性がある。そうした不満が蓄積すれば、やがてロッカールーム内に不協和音を生み、チーム全体の結束や一体感を破壊する引き金にもなり得るのである。


残留争いからの脱出など、何よりも目先の勝ち点が求められる状況において、セットプレーに特化し、そこに活路を見出す戦術は短期的には一つの有効な手段となり得るかもしれない。しかし、このような局所的な戦術に依存しながら長期的なクラブの成長曲線を描こうとすることは、真の強豪としてのビジョンを形成する上で明らかに不適切である。

セットプレーはあくまで試合を決定づける「数ある武器の一つ」であるべきだ。それに依存することは、チームのフットボールIQを低下させ、選手からの不満を生み、戦術的な行き詰まりを早めるだけの劇薬に過ぎない。真の強さを手にするためには、小手先のセットプレー戦術に逃げることなく、流動的かつ能動的に相手を崩し切るフットボールの王道へと立ち返る必要がある。それを怠り、セットプレーへの依存から抜け出せないチームには、いずれ厳しい現実が突きつけられることになるだろう。

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名前:秕タクオ

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