
サガン鳥栖は1997年のクラブ創設以来、成績低迷や経営難などの困難を乗り越えながら歴史を積み重ねてきた。J2時代の苦しい戦いを支えた選手、クラブ初のJ1昇格を実現した立役者、そしてJ1での地位を築いた中心選手など、多くの功労者がクラブの歩みに大きく貢献している。
そうした苦難の歴史を知るからこそ、サポーターにとって長年チームを支えた選手たちの存在は特別なものだ。ここでは、鳥栖の歴史を語るうえで欠かせない5人のレジェンドを取り上げ、その経歴やクラブでの活躍、現在まで語り継がれる理由を紹介する。

豊田陽平(FW/2010-2021)
鳥栖のクラブ史に大きな足跡を残したのが、FW豊田陽平(2024年引退)である。名古屋グランパス、モンテディオ山形、京都サンガで経験を積み、2010年に期限付き移籍で加入。その後完全移籍へ移行し、通算11シーズン半にわたってクラブの最前線に立ち続けた。
加入当初から高さと強さを兼ね備えたセンターフォワードとして存在感を示し、2011年にはJ2で23得点を挙げて得点王を獲得。クラブ史上初となるJ1昇格の原動力となった。ゴール前でのポジショニングやヘディングの強さはリーグ屈指であり、味方のクロスに合わせるだけでなく、前線でボールを収めて攻撃の起点となるプレーでも貢献した。
J1昇格後も勢いは衰えず、2012年から2016年にかけて5年連続で二桁得点を記録。2013年には日本代表にも選出された。資金力で勝るクラブを相手に互角以上の戦いを演じた鳥栖の主力として、サポーターからは大きな支持を集めた。
リーグ戦通算128得点はクラブ史上最多であり、鳥栖の歴史において偉大な記録である。初のJ1昇格とJ1定着を支えたエースとして、その名は今もクラブ史に深く刻まれている。現役引退後はクラブコンダクターを務め、2026年7月には運営会社である株式会社サガン・ドリームスの代表取締役社長に就任。現在はクラブ運営の立場から鳥栖の発展に尽力している。

高橋義希(MF/2004-2009、2012-2021)
MF高橋義希は、鳥栖の歴代最多となるリーグ戦478試合に出場し、「ミスター・サガン」と称される存在である。長野県松商学園高校から2004年に加入。2010年からの2年間はベガルタ仙台へ完全移籍したものの、2012年に鳥栖へ復帰し、2021年12月の現役引退まで通算16シーズンにわたりクラブの主力であり続けた。
高橋は、鳥栖が観客数が数千人だったJ2初期の厳しい時代を経験している。J1昇格初年度の5位躍進や、その後の残留争いでは、運動量と献身性を武器に、鳥栖らしいハードワークでチームを支え続けた。
引退後は、クラブの「サガン・リレーションズ・オフィサー(SRO)」に就任。長年培った経験を生かし、現在は地域貢献活動やアカデミー支援を通じて、クラブに関わり続けている。
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