
川崎製鉄水島サッカー部を前身とするヴィッセル神戸は、1995年1月にJリーグに参入した。しかし、練習初日の1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生。チームは苦難のスタートを切り、その歩みは決して平坦なものではなかった。
J2降格と復帰、クラブ経営の変化、そして初のタイトル獲得という歴史のなかで、チームを支え続けた選手や、大きな転機をもたらした選手たちの存在は欠かせない。長年にわたりクラブのために戦った功労者、苦しい時代を支えたキャプテン、そして新たな時代を切り開いたスター選手たちは、それぞれ異なる形で神戸の歴史に名を刻んできた。
ここでは、クラブへの貢献度や在籍期間、残した実績を踏まえながら、神戸の歴史を彩った5人のレジェンドを紹介する。

吉田孝行(FW/2008-2013)
FW吉田孝行(2013年引退)は、選手、コーチ、監督としてクラブを支え続けた稀有な存在である。2008年に横浜F・マリノスから神戸へ完全移籍で加入し、2013年まで選手として6シーズンにわたりプレーした。
選手時代はFWやサイドハーフなど、複数のポジションに対応するユーティリティー性を発揮した。前線からの献身的な守備と豊富な運動量でチームを支え、在籍期間中にJ1リーグ戦128試合に出場、24得点を記録した。
クラブ史上初のJ2降格という屈辱を味わった2012年も、吉田はチームに残ることを選んだ。翌2013年のJ2リーグ戦では26試合に出場して3得点を挙げ、1年でのJ1復帰に貢献している。その後、同シーズン終了後に現役を引退している。
引退後は、2015年にトップチームのコーチに就任。クラブ低迷期には2017年、2019年、2022年に監督・暫定監督を務め、J1残留などの結果を残した。
2022年6月に3度目となる監督就任を果たした後は、チームの立て直しに成功。翌2023シーズンには、一貫した前線からのプレスと堅守速攻のスタイルを定着させ、神戸にクラブ史上初となるJ1リーグ優勝のタイトルをもたらした。選手、コーチ、監督という異なる立場でクラブに貢献してきた吉田は、神戸を象徴する人物の一人である。

河本裕之(DF/2004-2014)
DF河本裕之(2021年引退)は、神戸を長年支えたセンターバックであり、チームの精神的支柱でもあった。兵庫県出身の河本は滝川第二高校から2004年に神戸へ加入。対人守備の強さと空中戦での安定感に加え、冷静な状況判断を武器に、10年にわたって最終ラインを支え続けた。
河本の真価が発揮されたのは、ピッチの外だった。2012年夏に出場機会を求めて大宮アルディージャへ期限付き移籍するも、翌2013年に神戸へ復帰。経験豊富なセンターバックとして守備陣を支えるだけでなく、若手選手の手本となる存在でもあった。キャプテンとしてピッチ内外で高いプロ意識を示し、チームを落ち着かせるリーダーシップは監督やチームメートから厚い信頼を集めた。
2014年をもって神戸を離れたものの、公式戦212試合に出場し、17得点を挙げた。派手さはなくとも、チームが苦しいときほど頼れる背中を見せた。それが河本という選手だった。
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