
欧州サッカー界では、観客や選手・関係者による差別的発言が長年問題となっている。ここでは不適切とされる差別発言の具体的な事例を整理した上で、被害を受けた日本人選手の事例に焦点を当て、報道された事実を伝えていきたい。
これらの発言は人種・民族を対象としたものが多く、スタジアムの観客席や試合中のやり取りでも起きている。本稿では主に観客による事例と日本人選手の被害例を中心に取り上げ、リーグごとの傾向や処分例にも触れる。表面化した事例のみであり、”氷山の一角”である可能性もある。

黒人選手に向けられたモンキーチャントの実態
欧州主要リーグでは、観客から選手に向けた直接的な侮辱が繰り返し報告されている。代表的なものが黒人選手に対する「猿」の連呼(モンキーチャント)だ。
2023年5月21日、ラ・リーガのバレンシア対レアル・マドリード戦で、レアル・マドリードのブラジル代表FWヴィニシウス・ジュニオールに対し、相手サポーターが猿の真似をするジェスチャーを交えながら「猿」と叫んだ。この発言は試合中に複数回発生し、スペイン司法により観客3人に執行猶予付き禁錮刑とスタジアム入場禁止処分が下された。
モンキーチャントはフランス代表の主将にして、エースFWのキリアン・エムバペも苦しめてきた。2020年UEFA欧州選手権の決勝トーナメント1回戦、スイス戦でPKを外して敗退すると、SNS上で差別的な中傷が殺到。「ゴールを決めなければ猿扱いするような人々のためにプレーできない」として、一度は代表引退の意思を固めた(後に撤回)。
アジア人選手に向けられた「クソ中国人」という侮辱
アジア人選手への差別には、国籍を混同したステレオタイプ的な侮辱が目立つ。スペイン語やポルトガル語の「チノ(Chino)」は「中国人」を意味するが、転じてアジア系全般への蔑称として使われる。
2026年3月7日、スペイン2部(セグンダ・ディビシオン)第29節のレアル・ソシエダB対カステジョン戦で、京都サンガからレアル・ソシエダへ期限付き移籍中のDF喜多壱也が、相手DFアルベルト・ヒメネスから「プト・チノ(クソ中国人)」との暴言を浴びせられたと主審に訴えた。
スペイン紙『MARCA』などが報じたこの事件では、94分に反人種差別プロトコルが発動されて試合が一時中断されたが、主審の報告書には「審判団のいずれのメンバーにも発言は聞こえなかった」という重要な留保も記されており、現時点では正式な調査が進行中とされている。
同種の事件は2020年9月にもあった。当時リーグ・アンのパリ・サンジェルマン(PSG)に所属していたブラジル代表FWネイマールが、マルセイユの日本代表DF酒井宏樹に対し、「Chino de mierda(クソ中国人)」という差別発言を行ったと映像から指摘された。スペインメディア『カデナ・セール』が読唇術で分析した映像を公開し、ポルトガル語での発言が確認されたと報じた。
しかし、フランス・プロリーグ機構(LFP)の規律委員会は証拠不十分として処分なしと結論。酒井自身も「試合中の些細な出来事であり、差別とは全く関係ない」として問題化しなかった。
酒井の対応は穏やかさという点で広く賞賛されたが、一方でこうした態度が差別問題の矮小化につながる可能性もある。日常的に差別と闘うブラジル人選手がアジア人選手を差別しているという現実に、この問題の根深さを感じざるを得ない。試合前に「No Racism(反差別)」のバナーを掲げて差別撲滅を誓うセレモニーをしたところで、当の選手がこれではと、道の険しさを思い知らされる。

久保建英とバレネチェアが浴びた差別の言葉
MF久保建英も差別の標的となった。2025年1月19日、ラ・リーガ第20節のバレンシア対レアル・ソシエダ戦(メスタージャ)で、ベンチスタートだった久保がタッチライン際でウォーミングアップ中、相手サポーターから「中国人、目を開けろ!お前は中国人だ!」という発言を浴びせられた。
同じくチームメイトのFWアンデル・バレネチェアには「テロ野郎」「爆弾を仕掛けてこい」といった中傷が飛んだ。スペインにはバスク地方の独立を求めるテロ組織の歴史があり、バスク人への差別も根強く存在する。
ソシエダは即座に声明を出して強く非難し、バレンシアも「クラブの価値観に反する」とコメント。政府の暴力防止委員会がスタジアムの200台以上のカメラ映像を解析して発言した観客2人を特定し、2025年3月までにスポーツ暴力・差別防止規則に基づき約4,000ユーロ(約65万円)の罰金と1年間のスタジアム入場禁止処分を決定した。
プレミアリーグでも、当時リバプールに所属していたFW南野拓実がカラバオカップ優勝時に優勝トロフィーを掲げる場面を放映しないという扱いを受けたとの指摘や、DF長友佑都がイタリア・セリエA時代に「小柄なアジア人は通用しない」といった偏見にさらされたという話もある。もっともこれらはスタジアム内での発言ではなく、ネット上のものが中心だ。
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