
サウジアラビア「10億ドルの迂回ルート」
放映権やチケットと並んでFIFAの金庫を満たすのが、国家資本の存在だ。近年、FIFAとサウジアラビア政府の緊密な関係は、サッカー界の政治構造を大きく塗り替えている。
2034年男子W杯の開催国は、実質的にサウジアラビアの単独開催として、無投票同然で決定した。FIFAは招致の入札期間をわずか25日間に急遽縮小した上、2030年大会を南米・アフリカ・欧州の3大陸にまたがる6カ国共催という不自然な形式に設定した。これにより、ある大陸連盟に所属する国・地域が大会を開催した場合、その連盟に属する国は最低12年間(向こう2大会分)は立候補できないというローテーションルールによって2034年大会の立候補資格がアジアとオセアニアの加盟国だけに制限され、サウジアラビア以外の強力なライバルが事実上排除されたのである。
この決定と軌を一にするように、サウジマネーがFIFAへ直接還流するルートが確立された。サウジ国営の石油巨人である「アラムコ」は2024年にFIFAと複数年のグローバル提携を締結した。FIFAの年間報告書において、アラムコは「主要グローバルパートナー」として扱われ、他を差し置いて特別に「丸ごと1ページ」を使って大々的に宣伝される特権を与えられている。
さらに、アメリカで開催された「クラブワールドカップ」を巡る金融取引は極めて精緻である。2024年12月、FIFAはメディア大手DAZNとクラブW杯の独占放映権を10億ドル(約1,620億円)で売却する合意を発表した。その約2ヶ月後の2025年2月、サウジ政府系ファンド(PIF)傘下のSURJが、DAZNに対してちょうど10億ドル(約1,620億円)の資金を出資し、新規株式を取得した。
そしてさらにその後、サウジPIFそのものが、クラブW杯のオフィシャルパートナーに就任したことが発表されたのだ。 国家ファンド(PIF)から民間企業(DAZN)を経由して、放映権料という形でFIFAへ巨額マネーが還流するこの迂回バイパスルートは、FIFAの契約台帳を精査すれば誰もが気づくほどあからさまに描かれている。

「サッカーへの還元」という美名の裏、肥大化する官僚組織
「FIFAの資金は、あなた方の資金です」。
インファンティーノ会長が2016年の会長選で勝利した際、世界211の加盟協会に向けて放ったこの言葉は、彼の権力基盤を支える絶対的な「集票システム」を象徴している。かつてのゼップ・ブラッター政権下での開発資金(FAP)は4年間で各国わずか210万ドル(約3億4,020万円)程度だったが、同会長が立ち上げた「FIFA Forward 3.0」プログラムでは、各国協会への最大分配金を4年間で800万ドル(約12億9,600万円)へと一気に約4倍まで引き上げた。自力で資金を稼げない開発途上国にとってこの支援金は生命線であり、それを提供する会長に逆らうことは実質的に不可能なのだ。
しかし、この「サッカーへの再投資」という美名には、財務上の甘い罠が隠されている。FIFAは「次期サイクル(2027〜2030年)では、Forwardプログラムの支援金をさらに20%増額して総額27億ドル(約4,374億円)にする」と華々しくアピールしている。
だが、予算書の明細を見ると、現在のサイクルに計上されていた「フットボール開発基金(FDF)」の6億6,000万ドル(約1,069億2,000万円)の予算が、次期予算からは完全に消滅しているのだ。その結果、加盟国への支援支払いの総額は、今サイクルの29億1,000万ドル(約4,714億2,000万円)から、次期サイクルの27億ドル(約4,374億円)へと「実質的に減少」する予算案が組まれている。
その一方で、スイス・チューリッヒのFIFA本部に居座る身内の官僚組織と役員たちは、急激にそのサイフを肥大化させている。かつて組織の効率化のために26個あった委員会を9個へと大幅に削減した経緯があるが、インファンティーノ会長は2024年の総会で委員会数を35にまで拡大する計画を発表している。
FIFA評議会の37人のメンバーには、最大年30万ドル(約4,860万円)の基本報酬が支払われ、別途高額な出張手当や年金制度が完備されている。人件費や管理運営を含むガバナンス総コストは、今サイクルの9億500万ドル(約1,466億1,000万円)から、次期サイクルには10億8,700万ドル(約1,760億9,400万円)へと膨張する見込みだ。インファンティーノ会長本人の基本年給も2025年だけで29%跳ね上がり、600万ドル(約9億7,200万円)に達している。
ファンの愛を担保にした集金マシーンの限界
現在のFIFAは、サッカーの試合そのものだけでなく、金融市場でも驚異的な集金力を発揮している。金利上昇の局面を捉え、約60億ドル(約9,720億円)もの余剰資金を低リスクな債券やMMFで運用することで、2025年だけで9,370万ドル(約151億7,940万円)の金利収入を、さらには現金の金利で2,470万ドル(約40億140万円)を得て、ピッチ外だけで巨万の富を生み出し続けている。
さらに貪欲な収益化の動きは、試合そのものの見え方にも影響を及ぼし始めている。各試合の前後半に導入され、ファンの不満を買っている「給水タイム(ハイドレーションブレイク)」について、FIFAは「商業的な追加収入は一切ない」と主張する。しかし、これが標準仕様として定着すれば、2030年大会以降、放映権をテレビ局に販売する際に「試合中に確実にCMを挿入できる高付加価値枠」として、放映権パッケージの価値を引き上げるための絶好のバーター材料となることは確実である。
しかし、このような「ファンの愛」を人質にした無制限の商業化は、確実に組織を内側から腐食させている。高額すぎてスタジアムから一般サポーターを排除するチケット制度、アメリカでの司法調査、そして官僚自体の急激な肥大化は、FIFAの「非営利の看板」が単なる欺瞞に過ぎないことを世間に露呈させてしまった。
今から40年前、同じメキシコの地でアルゼンチンが栄冠を掴んだ1986年大会の直後、イギリスの名ジャーナリストであるヒュー・マキルバニー氏は、すでに肥大化しつつあったFIFAを指してこう看破した。
「サッカーは私たちが考えていたよりも偉大なゲームであるに違いない。なぜなら、これほど素晴らしい競技が、偽善と金儲け、そして恥知らずな操作という『糞尿の山』に窒息させられそうになりながらも、今なお人々を魅了し続けているのだから」。
40年が経ち、FIFAの富は天文学的に膨れ上がった。だが、マキルバニー氏の言葉は今もなお、ピッチを覆う巨大なスタジアムの影から、現代のフットボール界に鋭く警告を発し続けている。
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