Jリーグ 横浜F・マリノス

日産スタジアム、サッカーと音楽ライブファン対立の背景と未来は

日産スタジアム 写真:Getty Images

今年もこの季節がやってきた。横浜F・マリノスのホームスタジアムであると同時に、日本最大の音楽アリーナでもある日産スタジアムにおける音楽ライブだ。

ライブが行われる度、芝生の状態が悪化し、サッカーファンと音楽ライブファンの間で対立が生じてきた。この対立は、2022年5月から7月にかけて立て続けで開催された乃木坂46、Mr.Children(ミスター・チルドレン)、関ジャニ∞(現SUPER EIGHT/スーパーエイト)のライブ後に表面化し、現在も続いている。

ここでは、日産スタジアムの芝生管理における問題点と、双方のファン同士の対立の背景、さらにはこの対立が永遠に続くのかどうかを考察し、解決策を考えていきたい。


横浜F・マリノス 写真:Getty Images

スタジアム運用と開場の背景

まず前提として、日産スタジアムの所有者は横浜市で、運用を担うのは「横浜市スポーツ協会・横浜マリノス・管理JV共同事業体」だ。横浜FMの立場でいえば、ライブ会場としての使用を跳ね付けることも可能ではある。

しかし、日産スタジアムは、座席数だけで約72,000席、アリーナ(ピッチ上)に観客席を設ければ約75,000人ものキャパシティーを擁し、国際的なスポーツイベントや大規模な音楽ライブの会場として、多目的に使用される日本を代表するスタジアムの1つとされている。

2002年のFIFAワールドカップ日韓大会を前に建設された日産スタジアム(横浜国際総合競技場)。日韓W杯では決勝戦を含む4試合が行われたが、開場したのは1998年3月1日の日本代表対韓国代表戦だ。その3週後の3月21日には、J1リーグ開幕戦として横浜マリノス対横浜フリューゲルスの一戦が行われた。

同スタジアムで初めて音楽ライブをしたのはB’z(ビーズ)で、開場翌年の1999年夏のことだ。この直後には矢沢永吉氏もライブを行い、いずれも満員のファンを集めた。しかしこの音楽ライブ利用が原因で、芝生管理の難しさが可視化されてしまっているのが現状だ。


日産スタジアム 写真:Getty Images

芝管理の難しさ

日産スタジアムでは、2018年のラグビーW杯開催に際し、ハイブリッド芝(天然芝と人工芝の混合)を採用。大会を成功裏に導いた。そして大会後、陸上トラックとフィールドとの段差を解消し、日本陸連の公認競技場に適用させるため、2021年に天然芝に戻す作業を行った。

芝は、夏芝(ティフトン419)をベースに、秋から春にかけて冬芝(ペレニアルライグラス)をオーバーシードする方式が採られている。この方式は、気温や湿度に応じて芝生の状態を最適化するもので、夏芝が抜ける冬季でも緑を保つことができる。しかし、夏から秋にかけての「トランジション」期間(冬芝から夏芝への切り替え期間)は、芝生が特にデリケートな状態となる。

地温自動制御システム(フィールドアンダーヒーティング)を導入し、芝生の生育を促進しているだけではなく、新横浜公園内で芝生を育て、傷んだ場所を張り替える準備も万端な同スタジアムだが、この時期に大規模なイベントが開催されると、芝生へのダメージは大きい。

今年で言えば、既にOfficial髭男dism(オフィシャルヒゲダンディズム/5月31日、6月1日)とSnow Man(スノーマン/6月8日)の公演があり、この後もONE OK ROCK(ワンオクロック/8月30日、8月31日)の公演が控えている。

芝生の養生については、日産スタジアムをはじめとする新横浜公園スタッフブログ『芝生観察日記』に詳しく記されており、その苦労ぶりが痛いほど良く分かる。特に梅雨時は日照不足により、芝生の回復が遅れる。芝生保護のために「テラプラス」というパレット型の保護シートを敷くのだが、連続するイベント、さらに雨天で音楽ライブが行われれば芝生の保護は困難を極める。


2022年の芝ダメージとサッカーファンの主張

2022年、6月の梅雨による日照不足や気温の低下が、芝生の回復を阻んだ。さらに、7月の関ジャニ∞(現SUPER EIGHT)のライブ開催直前の雨が芝生を弱らせ、ライブ後はまるで田んぼのようになってしまった。天候ばかりは人間がコントロールできない要素であり、ライブ開催のタイミングが芝生の状態に与える影響を増幅させる。

同ライブ後、スタッフブログでは「今年開催された3回のコンサートで一番ストレスが大きかった」と記され、芝生のダメージが深刻だったことが伺えた。アリーナ席の観客に対しては、水以外の飲み物の持ち込みを禁じている(清涼飲料水やお酒などがこぼれた時に芝を腐らせる可能性があるため)のだが、隠して持ち込まれれば手の打ちようがないのが現実だ。

また、ライブの準備や撤収作業も芝生に影響を与える。ステージの設置や撤去には重機が使用されることもあり、これが芝生をさらに痛めつける。さらに、観客の動線や人数、密集度によっては、特定のエリア(特にゴール前やペナルティエリア付近)が局所的に大きなダメージを受ける。

サッカーの試合では、これらのエリアが選手の動きやボールの挙動に直接影響するため、芝生の状態が試合の質や選手のケガに直結する。2022年7月30日の横浜F・マリノス対鹿島アントラーズ戦では、ピッチの荒れが目立ち、SNS上で「芝が酷すぎる」「ライブのせい」との声が多数上がった。


横浜F・マリノス サポーター 写真:Getty Images

音楽ライブファンの主張

一方、音楽ライブファンは、芝生の状態について自分たちだけのせいではないと主張している。日産スタジアムが多目的アリーナとして使用されている以上、サッカーや音楽ライブだけでなく、ラグビー、陸上競技なども開催される運命にあるのだ。

音楽ライブ開催が芝生の状態を悪化させているという“悪玉論”に対し、音楽業界は、ライブ自体が原因というよりも、悪天候の時期に開催されたことが芝生を悪化させたと主張。音楽ファンもまた、批判の矢面に立たされたことで、不当に差別されていると感じている。

彼らは、スタジアム運営側がスケジュール調整や芝生の整備に責任を持つべきであり、ファン同士を対立させるような言説に流されるべきではないとしている。SNS上では、音楽ファンからの不満の声が相次ぎ、「天候が原因。アーティストを責めるのはやめてほしい」といった声が上がっている。


SNS上での感情的な対立

この2つの勢力の分断を増幅させているのは、もっぱらSNSだ。一部のサッカーファンは「○○(ライブを開催したアーティスト名)に日産スタジアムの芝生をメチャクチャにされた」と投稿し、“音楽ライブ悪玉論”を拡散。これに対し音楽ファンは、スタジアムの多目的利用と、芝生の摩耗や劣化の避けられないことを指摘し、ライブ開催を擁護している。

SNS上での議論は、それぞれの熱が不当に標的にされていると感じるファンが対立構造を生み出している。頭に血が上ったファン同士の感情的な対立の域を出ていない。

サッカーの試合と音楽ライブは、スケジュールの優先順位を巡って競合することになる。こればかりはスタジアムの収益性を考慮すれば致し方無いところだ。しかし、移行期間(6月から8月)の芝生は脆弱なため、この時期に音楽ライブを開催すれば損傷は避けられない。

一方、音楽ライブは重要な収入源で、時として横浜FMの試合よりも多くの観客が集まる。日産スタジアムでライブを行うようなアーティストは、最大75,000人のキャパシティーを埋められる一流ばかりだ。ライブを開催することによる経済的インセンティブがサッカーを上回っていることで、両者の緊張が継続的なものとなっている。

では、どういった解決策が考えられるだろうか。

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名前:寺島武志

趣味:サッカー観戦(Jリーグ、欧州5大リーグ、欧州CL・EL)、映画鑑賞、ドラマ考察、野球観戦(巨人ファン、高校野球、東京六大学野球)、サッカー観戦を伴う旅行、スポーツバー巡り、競馬
好きなチーム:Jリーグでは清水エスパルス、福島ユナイテッドFC、欧州では「銀河系軍団(ロス・ガラクティコス)」と呼ばれた2000-06頃のレアルマドリード、当時37歳のカルロ・アンチェロッティを新監督に迎え、エンリコ・キエーザ、エルナン・クレスポ、リリアン・テュラム、ジャンフランコ・ゾラ、ファビオ・カンナヴァーロ、ジャンルイジ・ブッフォンらを擁した1996-97のパルマ

新卒で、UFO・宇宙人・ネッシー・カッパが1面を飾る某スポーツ新聞社に入社し、約24年在籍。その間、池袋コミュニティ・カレッジ主催の「後藤健生のサッカーライター養成講座」を受講。独立後は、映画・ドラマのレビューサイトなど、数社で執筆。
1993年のクラブ創設時からの清水エスパルスサポーター。1995年2月、サンプドリアvsユベントスを生観戦し、欧州サッカーにもハマる。以降、毎年渡欧し、訪れたスタジアムは50以上。ワールドカップは1998年フランス大会、2002年日韓大会、2018年ロシア大会、2022年カタール大会を現地観戦。2018年、2022年は日本代表のラウンド16敗退を見届け、未だ日本代表がワールドカップで勝った試合をこの目で見たこと無し。
“サッカーは究極のエンタメ”を信条に、清濁併せ吞む気概も持ちつつ、読者の皆様の関心に応える記事をお届けしていきたいと考えております。

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