
田島:
それで「明日すぐに帰ってくれ」って言われたんですけど、弁護士に相談して結局は大丈夫だったんですけど、ビザを新しくする必要があって、それにはお金もかかるんですけど、時間もすごくかかるんです。35歳になった今、プレーできない時間があるっていうのがすごくイヤだったし、ラスベガスに行くときにはいつも韓国経由で行っていたんです。
FT:
日本からは直行便がないですもんね。
田島:
韓国に着くたびに「韓国でプレーしてみたいって思ってたなー」ていうことを思い出していていました。10年前にもプレーしようと思っていろいろ動いたんですけど、できなくて。それで、今回留置所の中でソウル・ユナイテッドに履歴書を送ったんです。
FT:
留置所から(笑)!
田島:
そうなんです(笑)。そしたらすぐに返信が来て、5月に一度来てほしいということになって、今に至るんです。ビザがそのまま何もなければ、ラスベガスでそのままプレーしていたんですよね。
FT:
ドラマチックですね。
田島:
エージェントがいない弱さってこういうところでもあるんですけどね。ビザ関係とかは素人なので。でもすごくいい経験ができましたね。
FT:
確かになかなかできない経験だと思います。
田島:
ソウル・ユナイテッドは日本のJリーグクラブをモデルにしていて、日本サッカー協会から招待を受けて、最近だと相模原だとか湘南ベルマーレとかを視察したりしてるんです。チームの総監督が20歳以下の韓国代表の監督をやっていた方で、その当時指導していたのが、現在セレッソ大阪の監督を務めているユン・ジョンファンさんなんです。すごく日本のクラブを見本にしていて、それもあって僕を獲得する決断にも至ったそうなんです。
FT:
外国人枠の問題もありますし、タイミングもよかったんですね。
田島:
そうですね。
FT:
お話をお聞きしていて、田島選手の性格が影響しているのかなと思ったのが、ご出身が函館なんですよね?
田島:
そうです。
FT:
その函館でいろんな活動をなさってるなっていうのを感じまして。
田島:
そうですね。僕が学生の頃って、函館からプロサッカー選手になって人がいなかったんです。コンサドーレ札幌はあったんですけど、札幌と函館ってすごく離れているんですよね。函館って閉ざされた場所で、プロになる方法を自分で探るしかなかったんです。今となってはすごくいい経験なのでいいんですけど、やっぱり回り道も多くしたので、子どもたちにサッカーを教えることで影響を与えたりだとか、プロになることを身近に感じてもらいたいっていうのがひとつとしてありますね。
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