プレミアリーグ アーセナル

アーセナルで冨安健洋に求められる「ハイブリッドDF」の役割とは

ボローニャ時代の冨安健洋 写真提供:Gettyimages

ボローニャ時代の「ハイブリッドDF」

欧州の移籍市場で人気銘柄となっていた若手DF冨安を、2019年7月に射止めたのはイタリアの古豪ボローニャだった。「守備の国」イタリアで冨安に与えられたポジションはCBではなく、右サイドバック(SB)。ただ、冨安に与えられたタスクは従来のSBのそれとは一線を画す役割だった。

現代サッカーでは自陣からパスを繋いで攻撃を構築する際、最終ラインに3人の選手を配置して組み立てていく。その3人の構成は4バックの両SBを攻撃参加させて、代わりにMFをDFラインに落とす「CB2人+MF1人」の時もあれば、片側のSBのみ高いポジションを取らせ「残りのDF3人」で組むこともある。[4-2-3-1]のシステムを採用しているボローニャもその例に倣うチームで、攻撃時は[3-2-4-1]の布陣となる。

攻撃時に3人で構成される最終ラインの右を担当していた冨安は、相手が2人(2トップや1トップとトップ下などの構成)でボールを奪いに来た際には「+1」の数的優位を確実に作る。そして、ボールを受けた際はまず2列目の選手がポジションをとっている相手DFとMFの間(2ライン間)に速い縦パスを差し込むことが優先される。また、ボールコントロールに優れる冨安には自らドリブルで中盤までボールを運ぶことも求められる。地味なプレーかもしれないが、DFが自ら中盤までボールを持ち運ぶことができれば、そのぶん確実に中盤で「+1」の数的優位が確保され、相手の守備を引き出して前述の2ライン間への縦パスも供給しやすくなる。

2ライン間への縦パスが困難となった場合の選択肢としては、両サイドに張るウイングプレーヤーへのサイドチェンジ級のロングパスや、相手DFラインの背後のスペースへFWを走らせるフィードがある。冨安にはそれらのプレーを遂行できるスキルが備わっており、チームにとってより効果的で効率が良い選択肢を選ぶ判断力も優れている。

この4バック時の右SBやCB、3バック時の右CBの3つのポジションが統合されたような「ハイブリッドDF」の役割は複雑にして難解である。ただ、日本やベルギーという守備の文化を持たない国の環境で育って来た冨安にとっては、「守備の国」イタリアに適応するには都合が良かった。身体能力に優れる怪物級のFWたちといきなりCBとして真っ向勝負の1対1を経験するのではなく、ハイブリッドDFとして戦術的に彼等と対抗し、リーグへの適応にもつながっていったのである。

ボローニャ加入1年目で守備の個人戦術の引き出しも増やした冨安は、2年目にCBをメインポジションとした。そして、ポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウド(現マンチェスター・ユナイテッド)やベルギー代表のロメル・ルカク(現チェルシー)らと対峙しても全く怯むことはなく対等に戦った。初年度で「ハイブリッドDF」像を確立したからこそだろう。


日本代表戦でプレー中の冨安健洋 写真提供:Gettyimages

アーセナルでは「後方の司令塔」

アーセナルは冨安の獲得と同時に、元スペイン代表の右SBエクトル・ベジェリンがスペイン1部のレアル・べティスへレンタル移籍することも発表している。そのため冨安はベジェリンの後釜のような目で見られているのだが、「世界最速の男」ウサイン・ボルトよりも30mの段階では速い記録を出したことでも有名なベジェリンと冨安ではプレースタイルが全く異なる。また、ベジェリンが大活躍していたベンゲル監督時代は個人の特徴を引き出すことに主眼が置かれていたが、現在のミケル・アルテタ監督体制では戦術的な枠組みが優先される。

現チームには中村俊輔(横浜FC)に憧れていることでも知られるキーラン・ティアニーというスコットランド代表の左SBがいる。チームは現在3バックと4バックを併用しているが、彼を3バック時の左CBと左ウイングバック、4バック時の左SBで併用している。ティアニーは確かにハイブリッドなDFだが、SB寄りで何より攻撃能力に特徴がある選手である。冨安が加入したことで今後は3バックと4バックを試合中でも臨機応変に変更することが可能となり、ティアニーをより高い位置でプレーさせることが可能となるだろう。

また、後方からの攻撃を構築していくに当たり、チームには昨季加入の左利きのブラジル人CBガブリエウ・マガリャンイスと今夏加入したイングランド代表のCBベン・ホワイトがいるため、冨安にはデフォルトのフォーメーションが4バックでも3バックでも攻撃時には3バックの右にポジションをとる役割が与えられるだろう。つまり、ボローニャ初年度の役割である。

アーセナル2020-2021「予想基本布陣」作成: 筆者

特に冨安には相手の2ライン間への縦パスが求められる。ノルウェー代表のマルティン・ウーデゴールやイングランド代表のブカヨ・サカ、今季からエースナンバー「10」を背負う下部組織出身のイングランド人エミール・スミス・ロウ、東京五輪にも出場したU-24ブラジル代表のガブリエウ・マルティネッリといったアーセナル自慢の若手が揃う2列目のアタッカーたちのポテンシャルを引き出す「後方の司令塔」役である。

今季2021/22シーズン、名門アーセナルは67年ぶりの開幕3連敗、史上初の開幕3戦無得点を喫するなど、現在は最下位に位置する最悪のスタートとなっている。特にここ数年のアーセナルは自陣で相手にボールを奪われて失点する場面が多い。冨安はその課題を解消するために獲得された即戦力である。

名門復活の鍵を握る役割を託される冨安の活躍を楽しみにしたい。

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