
タイ1部バンコク・ユナイテッド所属の元韓国代表DFイ・ギジェが、清水エスパルス時代を回顧。幻の海外移籍や、清水退団時の怒りを明かしている。
イ・ギジェは先日、韓国代表やボルシア・ドルトムントOBであるパク・チュホ氏と対談。その様子はパク・チュホ氏の公式YouTubeチャンネルで公開されているが、その中でイ・ギジェは日本での経験について、以下のように語っている。
「(来日1年目の)最初のうちは適応もうまくいったと思います。でも2年目くらいから少し苦しくなりましたね。最初の年は本当に慌ただしく過ぎていった感じでした。そんなふうに無我夢中でやっていたら、たまたま少しうまくいったんです。実際に清水の選手たちと一緒にトレーニングをしたときは衝撃を受けました。自分でも基礎技術には自信があると思っていたんですが、彼らを見たら、自分なんて本当に大したことがないように感じたんです。ここにいる間に、もう一度サッカーを一から学び直そうと思いました」
「翌シーズンは冬の時期にケガをしてしまって、その後もケガが重なり、復帰はしたものの、前のシーズンほどのパフォーマンスが出せませんでした。ミスも増えてしまって、精神的にもかなり苦しかったです。ケガから復帰していたのに試合に出られないなかで、代理人から「アウクスブルクの入団テストを受けに行ってみよう」と言われたんです。僕自身も、ただ練習しているだけより挑戦してみたいと思いましたし、行き先がドイツだったので、その選択をしましたが、最終的には契約には至りませんでした」
「その後、DCユナイテッドの入団テストも受けました。良いプレーができて、「大丈夫だ」と言われました。あとは契約書にサインするだけで、数時間後にはサインを済ませる予定だったんですが、そのタイミングで突然、清水から連絡が来たんです。「監督が代わった」という連絡だったんです。そして、その新しく就任した監督が自分を必要としている、と。そんな感じで連絡が来たんですよ。「(DCユナイテッドとの)契約はダメだ」と言われて、清水に戻ることになったんです」
「その後は契約更新の時期だったんですが、そのときシーズン終了まで残り5試合か6試合くらいだったと思います。ちょうど3年契約が終わるタイミングでもありました。しかも新しい監督はユースチームから昇格してきた人で、もともと自分のことを知っていた人物でした。清水に戻ってから3~4試合ほど出場したんですが、それでも突然、契約更新の話がまったく出てこない状況になってしまったんです」
「「必要だから戻ってきてほしい」と言われて帰ってきたのに…。約束と違っていたので、腹が立ちました。腹が立ったせいか、急に日本そのものが嫌になってしまったんです。「もう絶対に出て行こう」と思いました。当時は若かったこともあって、「もうこの国ではプレーしたくない」と考えるようになりました」
2014年12月に契約満了で清水を去ったイ・キジェ。清水では3シーズン過ごしたが、2012年以降は自身のコンディション不良やクラブ事情もあり、思うような時間を過ごせなかったようだ。
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