
Jリーグは現在、新スタジアム建設ブームの只中にあり、今や陸上競技場など他のスポーツを兼ねずにサッカーの試合に特化した「サッカー専用スタジアム」の存在が当たり前になりつつある。
現在、サッカー専用スタジアムをホームとしているのはJリーグ全60クラブ中、32クラブ(J1:12、J2:10、J3:10)。1993年にJリーグが10クラブで発足した際は、鹿島アントラーズ(県立カシマサッカースタジアム)、清水エスパルス(日本平運動公園球技場)、そして横浜マリノスと横浜フリューゲルス(三ツ沢公園球技場)のみだったことを考えれば隔世の感がある。
欧州では、特にイタリアやスペインで、陸上トラックを潰しスタンドを改装する流れが続いている。さらにはスタジアムの老朽化に伴う新スタジアム建設によって観客動員数を増やし、ビッグクラブを目指すケースも増えてきた。
しかし100年以上の歴史を持つ欧州サッカー界において揃って言えるのは、旧スタジアムやその場所に対する感謝や愛が、形として残されている点だろう。ここでは、欧州クラブの歴史や文化を支えた今はもう存在しないスタジアムを5つ紹介したい。

スタディオ・デッレ・アルピ(1990-2008)
所在地:イタリア、トリノ(ユベントス、トリノが使用)
イタリア、セリエAのユベントスとトリノがホームとして使用し、収容人数67,229人を誇る巨大スタジアム、スタディオ・デッレ・アルピ。1990年のFIFAワールドカップ(W杯)イタリア大会の際に新設されたが、陸上トラック付きながらも陸上競技大会が一度も行われないまま、2009年に取り壊された。
スタジアム名を直訳すると「アルプススタジアム」となる。その言葉通り、トリノ郊外の山あいにあり、冬は厳寒の中での観戦を強いられる。交通の便も悪く、試合が見にくい上にピッチコンディションが常に悪いことでも有名で、ユベントスという世界一にもなったクラブのホームとしては、いささか物足りなさを感じさせるスタジアムだった。
イタリアは「カルチョ(サッカー)の国」でありながら、陸上トラック付きのスタジアムが多い。イタリアW杯の決勝が行われたローマのスタディオ・オリンピコも陸上トラック付きだ。これには諸説あるが、「陸上トラックを付けると税制面の優遇措置がある」という理由が有力のようだ。
2000年、ユベントスがスタジアム所有者のトリノ市と交渉してデッレ・アルピの登記上の所有者となった上で、1億500万ユーロ(約170億円)を投資し、新スタジアム「ユベントス・スタジアム」建設に2009年に着工、2011年に開場した。収容人数は41,475人に減ったが、ショッピングモールなどを併設したことによって、以前の3倍の収益を上げることに成功した。
一方のトリノは、2006年トリノ冬季五輪のメイン会場だったスタジアムをサッカー専用スタジアムに改装し、「スタディオ・オリンピコ・グランデ・トリノ」と改称した上で、ホームとしている。

アーセナル・スタジアム(ハイベリー)(1913-2006)
所在地:イギリス、ロンドン(アーセナルが使用)
1913年から2006年までアーセナルのホームとして使用されてきたアーセナル・スタジアム(名称:ハイベリー)。収容人数は約38,000人で、2003/04シーズンのプレミアリーグ無敗優勝など、数々の成功を収めたスタジアムだったが、リーグの競争激化や欧州での成功を目指す中、スタジアムの近代化と収容人数の増加が求められるようになる。
1999年頃から新スタジアム建設の議論が本格化し、アーセナルはハイベリーからわずか500メートルほどしか離れていない場所の用地を取得し新スタジアムを建設することを決定した。
新スタジアム「エミレーツ・スタジアム」は2006年7月に開場。ネーミングライツはUAEの航空会社「エミレーツ」との15年契約によるものだ。建設費用は約3億9,000万ポンド(約700億円)にも上り、このため、クラブは厳しい財政運営を強いられた時期もあった。
実際、エミレーツ移転以来、アーセナルはプレミアリーグを制していない。しかし、収容人数が38,500人から60,704人と約1.5倍増えたことにより、興行収入や物販収入が増加し、長期的にクラブの財政基盤を強化することに繋がった。
ハイベリーはアーセナルサポーターから愛され、移転には一部から反対の声もあったが、エミレーツは新たな歴史を刻む場として受け入れられた。新スタジアム建設による収益を背景に、アーセナルは再びビッグクラブとして競争力を高め、今2024/25シーズンの欧州チャンピオンズリーグ(CL)では4強に進出した。
解体されたハイベリーの一部は保存され、「ハイベリー・スクエア」という名の住宅地として再開発された。ピッチがあった部分は中庭となり、スタンド部分をマンションに改築。歴史を残す工夫が施されている。
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