
3月上旬のイングランド。例年はまだ凍てつく寒さが続き、どんよりとした雨雲が空を覆うのが、今2025年は異例の温かい晴天だ。バーミンガム・シティの本拠地セント・アンドルーズ・スタジアムは、手元の気象情報アプリによると気温は16度を超えていた。
バーミンガムは今2024/25シーズンをEFLリーグ1(リーグワン)で戦っている。日本のサッカーファンには馴染みが薄いリーグかもしれない。世界5大リーグとされるプレミアリーグを頂点に、2部のチャンピオンシップに次ぐ3部のイングランド国内リーグだ。
そんな3部のチームに元日本代表MF岩田智輝が加入したのは昨夏のことだった。岩田は2022シーズンのJ1リーグでは横浜F・マリノスの優勝に貢献しただけでなく、最優秀選手賞(MVP)にも輝き、同年12月末にはスコットランド1部リーグの強豪セルティックに移籍。日本代表経験もあり、輝かしいキャリアを歩んできた岩田が、イングランドとはいえ3部のチームにセルティックから移籍したことに、正直驚いた。
3月9日(日本時間)に行われたバーミンガム対リンカーン・シティ戦(1-0)で攻守に渡って存在感を見せ、PK獲得で勝利に大きく貢献した岩田。試合後、彼の現在地について訊いた。

3部リーグ首位を快走するバーミンガムを支える原動力
スタジアムの中が温かく感じられたのは天気のせいだけではないだろう。バーミンガムのサポーターはハードコアかつ熱狂的であることでも知られている。試合が始まる前からお構いなしに選手に怒鳴り散らすように応援し、相手選手には「ワンカー!(Wanker)」と放送禁止用語のスラングでブーイングをするのがバーミンガム流だ。
リンカーン戦の記者席に入ると顔馴染みの英国人記者が満面の笑みで「トモキは最高だ!コウジよりも良い選手だね」とジョークを飛ばしてきた。コウジは昨2023/24シーズンに在籍していた元日本代表FWで、東京五輪にも出場した三好康児(現VfLボーフム)のこと。ポジションが異なる三好と比較するのはフェアでないにしても、これまでにリーグ戦28試合に出場し公式戦7ゴールを記録している岩田は、現地のサポーターだけでなく記者にさえも認められる存在になっていた。
ダブルボランチの一角として出場した岩田は、アンカーのポジションで攻守の間をテンポよく繋いでいく。岩田が正確なパスでサイドチェンジをするとサポーターが一斉に拍手で日本人MFのプレーを讃えることからも、目の肥えた現地ファンは岩田のクオリティを高く評価していることが一目瞭然で分かる。
試合はバーミンガムがボールを支配するも、引いて守るリンカーンに対してゴールを割れない。後半に入り、サイド攻撃から中央へのこぼれ球に反応した岩田を相手DFがペナルティエリア内でファールをし、PKを獲得。これが決勝点となりバーミンガムが1-0で勝利した。
岩田が「サイド攻撃の際、中央でこぼれ球を拾って欲しいとは入れているので良い場所にいられてよかった」と振り返るように、今季の岩田は守備の合間に攻撃参加をし、2列目、3列目の動きで攻撃を活性化している。

狙うは大分トリニータ時代の“再現”
かつてはフィジカルの強さやロングボールの多用が特徴とされてきたイングランドのフットボールだが、現在の2部のチャンピオンシップにはパスをつなぐサッカーをするチームが多く、足元の技術が高い選手が多く揃っている。しかし3部のリーグワンになると、選手の技術よりもスピードとパワーを重視するチームが多い。
フィジカル重視のチームが多い中、バーミンガムはしっかりとビルドアップをしてパスで崩すサッカーを一貫して戦術にしている。
岩田:今のチームには(クリス・デイビス)監督の軸があるので、そこがブレないのは強さです。監督の求めているサッカーは表現できていると思いますけど、もっと求められているので。プレッシャーを受けても簡単にボールは蹴らないですし、これくらいのレベルのプレーはプレミアを目指す上で当たり前にやっていかないといけない。ポゼッションサッカーが云々というよりも、監督に芯があるのは選手として心強いし、そんなチームはどんな状況でも強い。その点があの頃と似ていると感じます。
岩田が言う「あの頃」とは、2016年から2018年の間にJ3、J2、そしてJ1までスピード昇格を遂げた大分トリニータ時代のことだ。2016年に片野坂知宏氏(現大分トリニータ監督)が監督に就任すると、1年でJ3を制覇。2017年から2018年のシーズンでは2年でJ1昇格を果たしたことで話題となった。岩田はJ3からJ1までわずか3年で上り詰めた当時の大分トリニータでの成功体験を、3部からプレミアに這いあがろうとする現在のバーミンガムに重ねている。
岩田:セルティック行ってスタメンで出られない悔しさがある中で、選手として出場機会を求めたのが移籍の大きな理由です。そのなかでバーミンガムが凄く熱心に声をかけてくれた。自分のキャリアのスタートがJ3だったので、チームのプレミアに戻りたいという熱と自分の這い上がっていきたいというモチベーションが一致しました。3部だろうが関係なく決めました。
2022年末、横浜FMで指導を受けたアンジェ・ポステコグルー氏(現トッテナム・ホットスパー監督)に導かれるようにスコットランド1部強豪のセルティックに移籍。古橋亨梧(現スタッド・レンヌ)をはじめ、旗手怜央や前田大然ら日本代表級の選手と共に在籍したが、岩田は不動のキャプテンであるカラム・マクレガーの後塵を拝していた。出場機会はマクレガーとの途中交代か、DFとしての出場に限られ、ボランチとしては控えの立場だった。
2023/24年シーズン終了後、バーミンガムは監督未経験のクリス・デイビス氏を監督に任命する。デイビス監督は、2016年に当時ブレンダン・ロジャーズ監督(現セルティック)が指揮するセルティックのアシスタントマネジャーとして、また2023年にはポステコグルー監督率いるトッテナムでアシスタント・ヘッドコーチとして、両指揮官をサポートした経験を持つ。
デイビス監督は岩田の獲得に際して、ロジャーズ監督とポステコグルー監督の両者に同選手の技術や人間性などについて事前に問い合わせていたことも明らかにしている。そのため、移籍する上でバーミンガムの求める選手像と岩田の選手としての特長にミスマッチがなかった点も、岩田にとって移籍する上でのアドバンテージとなったことは明らかだろう。
ーそれでも選手からすると移籍には常にリスクがあります。大分トリニータ時代のスピード昇格を再現しようというのは簡単ではありませんよね?
岩田:子供の頃からの性格として強いチームを倒す、這い上がっていくという部分が自分のモチベーションになります。なので、リスクというよりもチャレンジという部分が大きかったですね。多少の不安はありましたけど、J3時代のように自分次第で(結果を)決めることができる。友人からも「3部に行っちゃうの?」って言われましたけど、自分がやりたいようにやるのがサッカー選手として正しい選択だと思いました。
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