Jリーグ

J通算311試合出場!おこしやす京都MF寺田紳一の現在と未来。インタビュー【後編】

三浦知良 写真提供:Gettyimages

憧れのカズさんと同僚に

現在35歳の寺田はスポーツアニメコミックでは『キャプテン翼』よりも『スラムダンク』が好きで、安室奈美恵の楽曲をよく聴いている30代の“一般男性”である。

プロサッカー選手としてのキャリアは18年目となるが、サッカーを始めたキッカケは、「友達がやっていたから」という単純な理由らしい。子供の頃には我々もしていたような“遊び”もしていたようだ。

―よく近所の子供が集まってサッカーをする時に『俺はカズ』『俺はラモス(瑠偉)』『俺はビスマルク』とか役を決めてミニゲームをしませんでしたか?

「やりましたね!カズさんが所属していたヴェルディ川崎(当時)がモデルで、弟は鹿島アントラーズでしたね。シザース(ボールをまたぐフェイント)をしてゴールしたらカズダンスをしたり、しゃがんでビスマルク・ポーズ(十字架をきって、おでこに指を当てる)をしたり。それをするためにゴールを決めたいっていう(笑)」

―その三浦知良選手と同僚となりましたね!2014年に背番号10を着るようになってからは、ロッカールームでは隣にカズさんがいたのですよね?

「隣にいましたね。カズさんは僕がサッカーを始めるキッカケになった憧れの人で、『カズさんのようになりたい』と思ってプロを目指して頑張ってきました。特にチームメイトになってからの最初の数カ月間は夢のような感覚でした。思わず目でカズさんを追ってしまったり、ちょっとミーハーな心が出ていたかもしれません。

2012年にガンバに復帰した時、サンフレッチェ広島戦(J1第5節・敵地)でPKを自分で獲得して自分で蹴ったのに失敗して負けた試合(1-4)があったのですが、そのあとにカズさんから連絡がありました。『PKを外せるのはPKを蹴る勇気がある者だけ。次に蹴るチャンスがあったなら迷わずに蹴れよ』と言ってもらいました」

―1度目のレンタル移籍の2年間も含めて、横浜FCでは8シーズンに渡ってプレーすることになりました。25~32歳くらいの選手として重要な時期になります。選手としてのキャリアを考えるにあたって年齢も意識されて移籍や残留の決断もされていたのですか?

「正直、横浜FCでは複数年契約を結んでいただきながらも、毎年のように『J1からのオファーがあれば応じられる』という文言を契約書に入れてもらっていました。その中で納得できるオファーはなかったというのが、僕の実力です」


栃木SCへ完全移籍

2017年限りで8シーズンに渡ってプレーした横浜FCを退団した寺田は、翌年から栃木SCへ完全移籍。怪我もあって2年でJ2リーグ20試合の出場に終わったが、クラブへの想い入れは強い。

「横浜FCでプレーしている時、栃木グリーンスタジアムでのアウェイ戦をするたびに気になっていました。いつも栃木のサポーターは試合前に栃木県歌『県民の歌』を唄っているのを目にしていて、すごく一体感のあるチームだと、いつも思っていました。“オラが町”のチームを応援する雰囲気が温かくて良かったです。

当時の僕は横浜FCで契約満了となったので自分の年齢や今後のことを考えるだけで精一杯でした。栃木でプレーできることになったのは、ガンバ時代の先輩であるオグリさん(※1)が話を通してくれてチームからオファーをいただけたからです。オグリさんがいなければ僕は栃木でプレーしていなかったでしょうね」

※1:元日本代表FW大黒将志:現G大阪アカデミー・ストライカーコーチ。2018〜2020年6月まで栃木に在籍。

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名前:新垣博之
趣味:パン屋巡り
好きなチーム:伊賀FCくノ一三重、ブンデスリーガ全般

創設当初からのJリ-グファンで、海外サッカーはアーセナルの無冠時代を堪能。現在は女子サッカーやJFLを取材し、ブンデスリーガの記事も寄稿する球技ライター。コロナ禍以降は自宅近くを自転車で散策する機会が多くなり、パン屋巡りが趣味になりました。

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