
ソニー仙台FC(1968-2024)
あまりにも呆気なかった名門クラブの最期
ソニー仙台FCは、1968年にソニー多賀城工場(現ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社仙台テクノロジーセンター)がある宮城県多賀城市を本拠地に社内同好会として発足した。設立当初のホームスタジアムは工場敷地内のサッカー場で、その後はベガルタ仙台のホームスタジアムであるユアテックスタジアム仙台や、キューアンドエースタジアムみやぎも使用した。
JFLでは2015年に優勝するなど、強豪クラブの一角として君臨し、下部組織も整備していた。創設年は、ベガルタ仙台の前身である東北電力サッカー部(1988年創設)よりも20年早く、歴史あるクラブだった。
しかし、2024年9月27日に突然、JFL退会を発表。その背景には、ソニー多賀城工場の規模縮小と人員削減が間接的な理由とされる。ソニーはサッカー部を企業のCSR活動として位置付けており、プロ化を目指していたわけではなかった。観客動員の低迷も続いたことから、クラブとしての役割を終えたと判断されたと考えられる。JFL総26シーズン在籍中、19シーズンを1桁順位で終え、その歴史を閉じた。

SAGAWA SHIGA FC(2007-2012)
JFL6年間で優勝3回を誇ったが…
2007年、前年2位の佐川急便東京SCと前年3位の佐川急便大阪SCが合併して誕生したSAGAWA SHIGA FC。滋賀県守山市をホームタウンとし、JFL昇格1年目の2007年にいきなり優勝し、2009年、2011年と3度のJFL優勝を果たした。その強さは当時のJFLを席巻し、Jリーグ昇格を目指すクラブにとって最大の障害となった。
なぜSAGAWA SHIGA FCはJリーグを目指さなかったのだろうか。クラブは自前のホームスタジアム「SGホールディングスグループ健康保険組合守山陸上競技場」を持っていた。さらに親会社である佐川急便の収益力をもってすれば、Jリーグ昇格に必要なスタジアム基準や運営体制を十分にクリアできる基盤があったと考えられる。しかし、会社側はあくまで社員クラブとしての活動を優先したため、Jリーグ入会を申請せず、クラブは2012シーズンをもって活動を休止した。
2012年の天皇杯では、J1ヴィッセル神戸を破るなど順調に強化していることを示したが、同年10月、SGホールディングスグループの中期経営計画において、「企業スポーツとして一定の成果を果たした」とされ、トップチームの活動停止とJFL退会が発表された。わずか6年の活動期間で、優勝3回という足跡を残して解散。現在は小中学生を対象としたサッカースクール「SAGAWA SHIGA FOOTBALL ACADEMY」を運営している。
SAGAWA SHIGA FCの活動停止後、入れ替わるように台頭したのが、2005年創設、2008年からJFLに参戦しているMIOびわこ滋賀(創設時の名称は佐川印刷サッカー部)だ。JFLでは2桁順位が続いたが、2023年に「レイラック滋賀」に改名し、J3クラブライセンスも交付された。現在JFL第22節終了時点で2位につけており、Jリーグ空白県の滋賀県からJクラブが誕生するか注目されている。
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