
2026年2月10日、湘南ベルマーレはGKポープ・ウィリアムがベルギーのK.ベールスホットV.A.へ期限付き移籍(同年6月30日まで)することを発表した。
2013年に東京ヴェルディでプロデビューしたポープ。その後はFC岐阜、川崎フロンターレ、大分トリニータ、ファジアーノ岡山、町田ゼルビア、横浜F・マリノス、湘南ベルマーレと、これまで8クラブを渡り歩いてきた。
そのキャリアは決して順風満帆ではない。5歳のときに両親の離婚を経験し、英会話教室を経営していた父親の借金400~500万円を母親が引き継ぐなど、苦しい家庭環境で育った。それでも東京ヴェルディユースで着実に成長を遂げ、見事プロ入りを果たす。
しかし、それから7年もの間レギュラーの座をつかむことができず、歯がゆい時間を過ごした。転機が訪れたのはプロ8年目の2020シーズン。当時所属していた岡山でシーズンを通してスタメンに定着すると、以降は町田や横浜FMでも存在感を示していく。
昨2025シーズンは湘南に完全移籍したが、思うような結果を残せず、チームはJ2へ降格。今シーズンも湘南で戦うと見られていたなか、31歳にして初の海外挑戦が決まった。
このインタビューでは、幾多の試練を乗り越えてきたポープの知られざる過去とベルギー移籍への経緯、さらに今季就任した長澤徹監督のもとで生まれつつある湘南の変化について訊いた。

「人間としての価値を感じられていなかった」
ー2025シーズン開幕当初は怪我で出遅れましたが、途中で湘南に移籍し、8試合の出場となりました。昨シーズンを振り返っていかがですか?
ポープ・ウィリアム(以下ポープ):実力を発揮できなかったシーズンでした。自分が持っている半分の力も出せなかった感覚ですね。(昨シーズンは)マリノスでスタートして、僕自身すごく調子が良くて、「このままだと開幕スタメンもあり得るな」と思っていました。結果的にキャンプで怪我をしてしまい、そのあと復帰してコンディションが上がり始めた時にまた怪我をしてしまいました。復帰して1ヵ月くらい経った時期に湘南からオファーを頂いたので移籍しました。湘南でのコンディションは悪くなかったのですが、精神的な余裕がなかったこともあって、試合では思うようなプレーができませんでした。
ー怪我で出遅れたことで、焦りもあったのでしょうか?
ポープ:サッカー選手である以上、常にそういう気持ちがあることは当たり前だと思うんですが、必要以上に自分を追い込みすぎてしまったり、ゴールを割られることに対して重く捉えすぎていましたね。あとは、人間としての価値を感じられていなかったんですよ。理由は分かりませんが、普遍的な価値を感じることができなくて。ただ、サッカー選手としての価値を見出せれば、自分の価値も見出せるのかなと思っていました。
前年はマリノスでACL(チャンピオンズリーグエリート)決勝に行ったり、試合にコンスタントに出場したり、パフォーマンスも良かったですし、常に他者からの評価を気にしている自分がいました。プロの世界にいる以上は、(自分以外の)人が評価を決めることなので、自分の中で自身に対する価値を感じられずに過ごしていました。サッカーがどうこうというより、人間としてガタがきていたんだと思います。自分が本来(持っている力を)発揮できるようなメンタルを持ち合わせていないことに気づいたシーズンでした。
どうしてそのような心境に陥ってしまったのか、今は理解できるんですけど、自分がなぜその状況下でなおもベクトルを自分に向け続けていたのか分かりませんでした。勝敗に対する責任を過剰に背負い、「俺はもっとやらないと」とか、そんな風に自分を叩き続けることでしか成長できないと思い込んでいました。
ーそんな状態に陥ったきっかけがあれば、差し支えのない範囲で教えてください。
ポープ:自分の軸で生きられていなかったからだと思います。他人からの評価や見られ方を気にしすぎていました。ずっと、自分に価値があるとは思えないまま過ごしていましたね。幼少期から、肯定され続ける人生ではなかったんです。どちらかといえば問題児として過ごした中で、何をするにしても「自分は間違っている」と思い込んでいました。なので、「どうして他人は自身のことを正しいと思えるのだろう」と思っていましたね。GKでのコーチングや他人に要求することができなくなっていたんです。「なぜ他者に物を言えるんだろう」と思うくらい、どうかしてしまっていました。心の在り方を失ったことをきっかけに、そんな状態に陥ってしまったのかもしれません。
ー心の変化もあって、よりご自身にベクトルが向いてしまったのでしょうか?
ポープ:そうですね。どんなことも肯定的に捉えられなくなっていました。色々な本を読んで自分の状態を良くしようとしましたが、どう改善したらいいのか分からず、試合中の多汗や動悸、立ち眩みが酷かったこともあり、何かがおかしいと思って受診したところ、「パニック障害」と診断されました。カウンセリングや薬物療法などで精神状態を変える努力は結構しましたが、結果的に上手くいきませんでした。
昨シーズンは自分のパフォーマンスも悪く、チーム(湘南)はJ2に落ちてしまうし、負のサイクルでしたね。試合中も不安と恐怖に襲われ、「やられたくない」という気持ちが先行してしまって、ボールに対してのプレーができませんでした。これまで、本来の自分でいることを肯定的に捉えてもらえない場面が多かったので、ある意味ストイックで黙々とやり続ける選手だと自分で思い込んで過ごしてきました。自分の中で1つの虚像を作り、それを演じながらサッカー選手として過ごしていたんですが、ナチュラルに生きられないことに疲れてしまって、ついに限界を迎えてしまいましたね。

「自分の力を見せきれないまま引退はできない」
ーベールスホット移籍時、「一度壊れた自分を取り戻していく日々に充実感を感じています」というコメントがありました。再起に向けての日々が充実しているという意味合いでしょうか?
ポープ:はい。今思うと本当に壊れていたんだなと。何においても物事を悲観的に捉えていましたし、どうしてそうなっているのかも分からず、「もがき続けるしか道はない」と思っていました。自分を叩き続けることってやっぱり苦しいじゃないですか。ただ、当時はそうすることでしか自分に価値を感じられないと本気で思っていました。
その中で様々な出来事がありました。父のことや家族のことなど色々あったんですが、シーズン中だったのでゆっくり向き合う時間がなかったんです。父が亡くなった時は、涙が出てこないくらい感情がありませんでした。息子が生まれた時も涙が出なくて。一時的に感情が出そうになっても脳内で制御してしまうんです。精神をコントロールする装置みたいなものが壊れていたんですね。父や家族のことも、自分では向き合っているつもりだったんです。時間ができて、初めてしっかり向き合った時に「俺はとっくに壊れていたんだな」と思いました。
自分の人生を見つめなおす中で、引退も考えました。トレーニングや薬物療法、カウンセリングなどを受け、改善されたと思ってもまたすぐ戻ってしまう日々で、突破口がなく、引退を考えました。でも、どうしても諦めきれなかったんです。「自分の力を見せきれないまま引退はできない」と思いました。精神を安定させる方法を探す中で、何かをひとつ見つけてそれに取り組むと、色々なものが浄化されていきました。
ー具体的な取り組みについて教えていただけますか?
ポープ:幼少期の潜在的にある断片的な記憶ってあるじゃないですか。まず、そこにアプローチしましょうと言われました。0歳から6歳までの出来事で、自分の中の役割が決まるそうなんです。6歳以降から固定概念みたいな感じで強化していくんですが、母子家庭だったので、母親が出ていくのを泣きながら止める自分の姿など、ネガティブな記憶がすごく多くて。どうしてそんな記憶が存在するんだろうと思ったんですが、自分の中で記憶や感情に「時間」という概念が存在していないようでした。物事の捉え方が無意識に形成されるので、幼少期からの記憶を抜本的にひっくり返さないと、捉え方や感じ方は簡単に変えられない。それまで、スピリチュアルなものには手を出していなかったんですが、そういったものに頼るしかないと思うくらい追い込まれていましたね。
(アプローチのひとつとして)親との関係性を振り返ったんです。ダメもとでやってみたら本当にすごくて驚きました。実は試合の前日に、父が自殺したんです。幼少期に両親が離婚して、その後も何度か会っていましたが最近は何年も会っていなくて、最後に連絡を取ったのは2年前でした。亡くなった直後は涙が出ず、「自分にとって親父の存在の大きさはそんなものだったのか」と思っていました。でも、初めて記憶にアプローチした時に、嗚咽するほど涙が止まらなかったんです。
不思議な体験で、正直なところよく分からなかったのですが、アプローチの前後で認識が大きく変わりました。サッカー選手としては、強気でメンタルも強かったと思います。一方で、人間「ポープ・ウィリアム」としては、常に被害者意識のようなものや、脆さがありました。
過去と現在では、物事の捉え方が全く違うので面白いです。僕はnoteを書いているんですが、その内容を見ると、黒田監督に対して当時感じていたことと、今感じることは全く違うんです。被害者意識がある人は、(誰かと向き合った時)自分を守るための解釈をすると思うんですよね。そういうものが無意識下でずっとあって、でも、そのこと自体に気付けていなかったことを認識できました。

新体制下で起きている変化とは
ー湘南がJ1昇格を果たすために、何が必要だと考えますか?
ポープ:長澤徹監督になってから、考えがすごく整理されていると思います。監督とは3週間一緒に練習もしました。昨年まではロジカルにやろうとしていて、一人一人がキャパシティー以上のタスクを与えられているような感覚もあったのですが、今はシンプルさを取り戻す作業が行われています。そうすることで迷いがなくなり、選手の特徴が出やすくなって、本来の“湘南らしさ”が取り戻されているように感じます。徹さんの人間としての懐の深さが、選手たちに安心感を与えていると思うんです。練習前に自主的に皆の前に立ってスピーチをするんですが、僕自身その取り組みが面白いと感じています。どんな話でもよくて、気づきやその日の出来事などを話すんですが、「主体性を持つ」ということに価値があると思います。自分はこういう監督の下でやりたかったんだなと感じていますね。
ー監督の人望が厚いということですね。
ポープ:スタッフの方々もフラットですし、選手の良い部分を引き出す指導をしている印象です。例えばミスがあったり、チームの決め事ってあるじゃないですか。ミーティングの中では、「サッカー選手として要求しているだけで、人として否定しているわけではないからね」と言葉を掛けてくださいます。サッカーのことで否定された内容でも、人として全否定されたように感じてしまう選手もいると思うんですよね。そういう選手への配慮もしっかりしているので、懐の深さを感じます。
今回のベルギー移籍が決まった時も、良い言葉をたくさん掛けていただいて、これまでにない安心感を与えてくださる監督だと感じました。選手個人が持っているポテンシャルが引き出されやすい環境になったと思うので、湘南らしいハードワークが出せると思います。レバークーゼン(ドイツ)のシャビ・アロンソ監督が創ったフットボールを上手く取り込みながらやろうとしています。選手たちもきついと思うんですが、3週間のキャンプは充実していました。トレーニングマッチも負けなかったですし、選手たちが充実感を得やすい仕組みが創られていたように感じます。
ー移籍が決まった際、長澤監督からどんな言葉を掛けられたのですか?
ポープ:「もっと一緒に仕事をしたかったよ」「また一緒に仕事をしような」と言ってくださいました。また、「お前めちゃくちゃ運が良いな。30歳を超えてヨーロッパでサッカーができるチャンスがあるのは、今まで積み上げてきたものがあるからだよ」とも言われました。これまで自分がしてきたことを評価してくださる言葉もあり、一人の人間としてしっかり見てくれていたんだなと嬉しく思いました。
日本って上下関係が厳しくて、対等じゃない場面も多いじゃないですか。徹さんはそれをゼロに近づける環境を作ってくれていると感じます。ベルギーだとその環境自体が普通で、監督が「もう家は決まったの?」とかそういうフラットな話をしてくれるんです。でも、日本ではそこまでプライベートな話はあまりしませんよね。徹さんは戦術家で、話し出したら止まらないタイプですが、そうした一面も含めて人間的に本当に魅力的な方です。そういう監督が率いるチームは、自然と良いチームになっていくはずです。あとは、選手がより良いパフォーマンスを発揮するためにどれだけ努力を積み重ねられるか、その部分にかかっていると思います。
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