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サッカー界も無縁でない?広陵高甲子園辞退が問う学生スポーツの歪んだ常識

明治大学 写真:Getty Images

大学スポーツの世界での対照的な2事例

学生スポーツにおける問題は、高校に限った話ではない。大学スポーツの世界では、より深刻な事件が発生し、その後の対応が大きな議論を呼んできた。ここでは対照的な2つの事例を挙げる。

1つは、2007年7月、明治大学応援団リーダー部で「シゴキ」が命を奪うという最悪の結果を招いた悲劇だ。亡くなった当時3年生の部員は、応援団の寮で日常的に上級生から暴力を受け、「下級生は奴隷」といった歪んだ上下関係の中で心身ともに追い詰められ自殺に至った。これを受け、大学側は応援団リーダー部の廃部解散処分を発表した(出典:朝日新聞、読売新聞など)。

大学側が「廃部」という厳しい決断を下したのは、組織が自浄作用を完全に失い、人の命を犠牲にしてまで守るべき伝統など存在しないという当然の結論に至ったからだろう。この事例は、暴力の連鎖を断ち切るためには、時に組織の解体という劇薬も必要であることを示している。

応援団を欠く中でも硬式野球部は、主な活動機会でもある東京六大学野球の2008年春季リーグ優勝を果たし、学生の間では「応援団なんか元から不要だった」と触れ回られる皮肉な結果となった。その後2011年に、自殺した元団員の両親と大学との間で示談が成立したことで、組織の在り方を根本から見直すという誓いの下、事実上の活動再開が認められた。

2つ目は、1997年11月に起きた帝京大学ラグビー部の事例だ。明治大学とは対照的に、組織が犯した罪の重さとそれに対する処分の軽さが著しく乖離している。部員による女性への集団性的暴行が明るみになり、スポーツの不祥事という範疇をはるかに超えた、悪質な刑事事件が起きた。本来であれば、廃部や無期限の活動停止といった厳しい処分が妥当であったはずだ。

しかし、現実は1年間の公式戦辞退のみ。これが組織や選手にどのようなメッセージを与えたかは想像に難くない。「これほど重大な事件を起こしても、この程度の処分で済む」「結果さえ出せば、過去は問われない」。そうした誤った成功体験が、その後の常勝神話の礎になったという見方は、決して穿ちすぎではないだろう。

その後、帝京大学ラグビー部は、責任を取ることなく監督に居座り続けた岩出雅之監督の下、全国大学ラグビー選手権で2009年度から2017年度まで9連覇という前人未到の記録を成し遂げ、現在に至るまで大学ラグビー界の絶対王者の座を守り続けている。その代償からか、大学ラグビーは年々その人気を落とし、大学選手権決勝でも国立競技場には空席が目立つようになっている。


古田敦也氏 写真:Getty Images

勝利至上主義が蝕む学生スポーツ

これらの事例に共通して浮かび上がるのは、勝利至上主義と、それを前提とした思考停止が構造化されている点だ。現実として、元プロ野球選手や元Jリーガーがテレビで「俺たちの時代はもっと酷かった」「これを乗り越えてこそ一人前」などと発言する機会は散見されるし、視聴者もそこに“男気”やユーモアを見出す文化があるのは否めない。

とりわけ、プロ野球界OBの中でも“知性派”として知られる古田敦也氏ですら、新人時代に毎日のように叱責され、「2時間正座」や「罵倒」といった指導を振り返りつつ、そこで鍛えられたからこそプロとして生き残れたと語っている。また、スポーツにおける指導法の変化について相談を言及しつつも、「ある程度の厳しさは成長のために必要」と指摘するなど、時代背景への折り合いを示す発言もある。


本来の教育的価値を取り戻す責務

広陵高校の甲子園辞退を単なる1つの高校の不祥事で終わらせず、学生スポーツが生まれ変わるための契機としなければならない。そのためには、精神論や個人の資質に頼るのではなく、システムとしての改革が急務だ。

大学や高校、そして各競技団体は、外部の専門家(弁護士、臨床心理士など)を含めたコンプライアンス委員会を設置し、部活動の運営を常に監視する体制を構築すべきだろう。選手が匿名で相談・通報できるホットラインを実効性のある形で運用し、通報があった場合は、チーム関係者から独立した第三者委員会が調査を行うことを徹底する必要がある。

また、指導者にも体罰やハラスメント防止、スポーツ心理学、アンガーマネジメントに関する研修の受講義務化が必要ではないか。過去に暴力などで処分を受けた指導者に対しては、復帰に際してより厳しい基準を設け、安易な現場復帰を許さない仕組みも求められるだろう。

選手自身が「おかしい」と感じた時に、勇気を持って声を上げられる文化を育むことも重要だ。連帯責任といった同調圧力に屈せず、個人の尊厳が守られる環境を作らなければならない。これは一朝一夕で成し遂げられることではないが、今からでも目指さなくてはならない絶対的な目標だ。

さらにファンやメディアも、目先の勝利に一喜一憂するのではなく、そのチームがどのようなプロセスを経て結果を出しているのか、フェアプレーやスポーツマンシップが尊重されているのかという点にもっと関心を向けるべきだろう。SNS時代の今、ファンの厳しい視線が隠れた暴力に対する抑止力にもなり得るからだ。

連帯責任の犠牲となり、夢を断たれた広陵高校の球児たちの悔しさを無駄にしないためにも、未来の選手たちが心からスポーツを楽しめるようにするためにも、学生スポーツは「シゴキ」と呼ばれてきた暴力的指導、時に犯罪として立件される行為と決別し、本来の教育的価値を取り戻す責務を負っていると言えよう。

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名前:寺島武志

趣味:サッカー観戦(Jリーグ、欧州5大リーグ、欧州CL・EL)、映画鑑賞、ドラマ考察、野球観戦(巨人ファン、高校野球、東京六大学野球)、サッカー観戦を伴う旅行、スポーツバー巡り、競馬
好きなチーム:Jリーグでは清水エスパルス、福島ユナイテッドFC、欧州では「銀河系軍団(ロス・ガラクティコス)」と呼ばれた2000-06頃のレアルマドリード、当時37歳のカルロ・アンチェロッティを新監督に迎え、エンリコ・キエーザ、エルナン・クレスポ、リリアン・テュラム、ジャンフランコ・ゾラ、ファビオ・カンナヴァーロ、ジャンルイジ・ブッフォンらを擁した1996-97のパルマ

新卒で、UFO・宇宙人・ネッシー・カッパが1面を飾る某スポーツ新聞社に入社し、約24年在籍。その間、池袋コミュニティ・カレッジ主催の「後藤健生のサッカーライター養成講座」を受講。独立後は、映画・ドラマのレビューサイトなど、数社で執筆。
1993年のクラブ創設時からの清水エスパルスサポーター。1995年2月、サンプドリアvsユベントスを生観戦し、欧州サッカーにもハマる。以降、毎年渡欧し、訪れたスタジアムは50以上。ワールドカップは1998年フランス大会、2002年日韓大会、2018年ロシア大会、2022年カタール大会を現地観戦。2018年、2022年は日本代表のラウンド16敗退を見届け、未だ日本代表がワールドカップで勝った試合をこの目で見たこと無し。
“サッカーは究極のエンタメ”を信条に、清濁併せ吞む気概も持ちつつ、読者の皆様の関心に応える記事をお届けしていきたいと考えております。

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