Jリーグ

Jリーグ史に残る途中就任の名将5選。降格危機から蘇らせる”神采配”

ミハイロ・ペトロヴィッチ監督 写真:アフロスポーツ

ミハイロ・ペトロヴィッチ監督(サンフレッチェ広島/2006-2011)

20年もの間、Jのサポーターに愛され続ける「ミシャ」

現在、Jリーグ4クラブ目となる名古屋グランパスで指揮を執るミハイロ・ペトロヴィッチ監督。2006年6月、サンフレッチェ広島が小野剛監督の辞任を受け、セルビア人(オーストリアとの二重国籍)のペトロヴィッチ監督を招聘した。これが初来日だったのだが、ここからおよそ20年もの間、日本で指揮を執り続けることなど、本人でも予想できなかっただろう。その間のブランクは、J2降格が決まった北海道コンサドーレ札幌の監督(2018-2024)を退任した2024シーズン後から、2026シーズンの百年構想リーグを前に名古屋からオファーを受けた約1年間だけだ。

広島の監督就任時点でチームは残留争いの渦中だった。ペトロヴィッチ監督のチームは10位でJ1残留を果たし、その後の攻撃的なスタイルの土台を築いた。【3-4-3】システムを基本としたサッカーを浸透させ、クラブの方向性を決定付けた。残留だけではなく、中長期の再建につながった点が特徴だ。そのスタイルは、後任の森保一監督に引き継がれ、ひいてはW杯(FIFAワールドカップ)カタール大会、北中米大会を戦った日本代表のベースになっている。間接的にではあるが、日本サッカー界に大きな影響を与えた指揮官と言えるだろう。

2007シーズン16位でクラブ初のJ2降格も経験したが、契約を延長し、1年でJ1復帰を果たしたペトロヴィッチ監督の広島。J1ではタイトルに届かなかったが、浦和レッズ監督時(2012-2017)のルヴァン杯優勝が現在のところ、自身唯一のタイトルだ。


堀孝史監督 写真:アフロスポーツ

堀孝史監督(浦和レッズ/2011、2017-2018)

優勝争いの重圧の中でACL奪取の快挙

現在、浦和レッズの女子チームである「三菱重工浦和レッズレディース」の監督を務めている堀孝史監督。トップチームの指揮1度目は2011年10月、成績不振で解任されたゼリコ・ペトロヴィッチ監督の後任としてユース監督から昇格。チームはJ2降格圏内の16位で残留争いの渦中にあった。フロントから監督就任要請を受けたのがペトロヴィッチ監督解任前日で、次戦まで2日しかない状況での指揮となった。

堀監督は浦和ユース時代から用いていた【4-3-3】を採用し、出場機会に恵まれていなかったMF梅崎司(現浦和レッズコーチ)を右サイドで起用すると、初陣となった横浜F・マリノス戦を2-1で勝利し、続くアビスパ福岡戦でも2-1と勝利。最終的に15位でチームをJ1残留に導いた。

2度目は2017年7月、浦和はミハイロ・ペトロヴィッチ監督を解任し、コーチを務めていた堀氏を監督に指名。当時チームはリーグ戦で中位に位置していたが、2015シーズンにJ1優勝、2016シーズンにはルヴァン杯優勝を経験していた浦和のサポーターは優勝争いしか求めていなかった。

堀監督のチームはその期待に応え、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)で優勝を果たした。決勝ではサウジアラビアのアル・ヒラルを破り、10年ぶりのアジア制覇となった。リーグ戦では7位にとどまったが、アジアタイトル奪取のインパクトは大きかった。

堀監督はペトロヴィッチ前監督のもとでコーチを長く務め、クラブの攻撃スタイルを理解した上で競争意識を高めた。選手側からも監督交代がターニングポイントになったとの声が出ている。


ネルシーニョ監督 写真:アフロスポーツ

ネルシーニョ監督(柏レイソル/2009-2014、2019-2023)

J1復帰即優勝の離れ業を演出した名将

2009年7月、柏レイソルは高橋真一郎監督の退任を受け、ネルシーニョ監督を招聘。契約期間は同年7月20日から5か月という短期契約だったが、最終的に16位でJ2に降格してしまった。

ネルシーニョ監督は守備の安定を優先し失点を減らすことに成功した一方で、攻撃面のテコ入れは間に合わず降格は避けられなかった。しかし、その後のチーム作りの土台を築いたことで、契約を延長した2010シーズンにはJ2で優勝。1シーズンでのJ1復帰を果たし、翌2011シーズンにJ1優勝という離れ業を演出した。

柏は2018シーズンに2度目のJ2降格を喫し、翌2019シーズンにネルシーニョ監督が復帰。ここでも1シーズンでのJ1復帰を成し遂げ、低迷からの再建力を象徴する存在となった。Jリーグではヴェルディ川崎(1995-1996)、名古屋グランパス(2003-2005)、ヴィッセル神戸(2015-2017)の監督を歴任し、日本代表監督候補に名前が挙がったこともあるが、タイトルを獲得し、最もインパクトを残したのは柏監督時代で異論はないだろう。


これら5人の監督は、途中就任という不利な状況からチームの流れを変え、残留やタイトル、再建の土台を築いた点で共通する。短期での改善力と中長期のチーム構築を両立させた例として、Jリーグ史に残る名将たちだ。

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名前:寺島武志

趣味:サッカー観戦(Jリーグ、欧州5大リーグ、欧州CL・EL)、映画鑑賞、ドラマ考察、野球観戦(巨人ファン、高校野球、東京六大学野球)、サッカー観戦を伴う旅行、スポーツバー巡り、競馬
好きなチーム:Jリーグでは清水エスパルス、福島ユナイテッドFC、欧州では「銀河系軍団(ロス・ガラクティコス)」と呼ばれた2000-06頃のレアルマドリード、当時37歳のカルロ・アンチェロッティを新監督に迎え、エンリコ・キエーザ、エルナン・クレスポ、リリアン・テュラム、ジャンフランコ・ゾラ、ファビオ・カンナヴァーロ、ジャンルイジ・ブッフォンらを擁した1996-97のパルマ

新卒で、UFO・宇宙人・ネッシー・カッパが1面を飾る某スポーツ新聞社に入社し、約24年在籍。その間、池袋コミュニティ・カレッジ主催の「後藤健生のサッカーライター養成講座」を受講。独立後は、映画・ドラマのレビューサイトなど、数社で執筆。
1993年のクラブ創設時からの清水エスパルスサポーター。1995年2月、サンプドリアvsユベントスを生観戦し、欧州サッカーにもハマる。以降、毎年渡欧し、訪れたスタジアムは50以上。ワールドカップは1998年フランス大会、2002年日韓大会、2018年ロシア大会、2022年カタール大会を現地観戦。2018年、2022年は日本代表のラウンド16敗退を見届け、未だ日本代表がワールドカップで勝った試合をこの目で見たこと無し。
“サッカーは究極のエンタメ”を信条に、清濁併せ吞む気概も持ちつつ、読者の皆様の関心に応える記事をお届けしていきたいと考えております。

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