
アスリートに対するドーピング調査
イタリアの研究機構が、2012年から2020年に行ったアスリートに対するドーピング検査の検体を用いた研究では、22.7%のサンプルからニコチンが検出された。男性では24.1%、女性では18.5%がニコチン検査陽性。相当数のトップアスリートも喫煙をしていたことが分かる。
競技別で見ると野球が非常に高く、2012年は74.7%、2019年は66.7%の陽性率。重量挙げでは2012年が47.4%、2019年は39.4%。体操競技では2012年は22.4%、2020年は28.1%。サッカーでは、2012年が31.3%、2020年は26.1%だった。
当然ながら、多くのスポーツ団体はアスリートの喫煙を奨励していない。しかし一方、禁止もしていない。IOC(国際オリンピック委員会)も五輪開催地での禁煙を奨励した結果、(結局は無観客開催となったが)東京五輪のメイン会場の国立競技場には喫煙所どころか、敷地内のスタジアム外でも喫煙スペースすらない。
IOCはアスリートに禁煙を義務付けているわけではないが、そもそもタバコはドーピングの対象ではない。喫煙がアスリートのパフォーマンスを下げることから使用が推奨されていないだけであって、「不当な薬物的パフォーマンスの向上」を監視するドーピング調査の本来の理念とは全く異なるからだ。その一方、日本体操協会のように行動規範の中で「20歳以上であっても喫煙は禁止する」としている例もある。
昭和世代のプロ野球選手がベンチ裏で喫煙している様子がテレビ中継で映り込んでしまうことがよくあったが、持久力が問われるサッカー選手の喫煙率の高さには驚かされる結果だ。

パフォーマンスへの悪影響やクラブの対応
喫煙は肺機能や持久力の低下を招くため、パフォーマンスへの悪影響を及ぼす可能性が高い。特に現代サッカーは高強度の運動量を要求される。サッカー選手に限らず一般人に関しても、健康を考えればタバコは“百害あって一利なし”だ。
また、人気選手の喫煙が公になると、クラブのイメージやスポンサーへの影響が問題視される。ファンから批判を浴びることも少なくない。2012年、松本山雅の監督に就任した反町康治氏(現清水エスパルスGM)は所属選手に禁煙令を出し、これに違反したベテランFW木島良輔に1週間の謹慎処分を科した。監督やGMの考え方にもよるが、喫煙を禁止しているJクラブも存在する。喫煙に寛容なプロ野球界ですら、原辰徳前監督時代の読売ジャイアンツでも禁煙令が出されていた。
こうした試みは、選手の健康リスクや引退後の生活も考慮した取り決めであって、契約条項の中に喫煙の制限を設ける場合もある。しかしながら、紙タバコではなくニコチンガムや電子タバコなどに手を出す選手も増えている。
選手自身が喫煙のリスクをどう捉えるか
では健康を犠牲にしてまで、サッカー選手はなぜ喫煙するのか。選手は試合やメディアのプレッシャーに晒されている。タバコが一時的なリラックス手段になる場合があるだろう。万が一、違法薬物に手を出してドーピング検査に引っ掛かるよりは、まだマシという考え方もできる。
また、喫煙に厳しいアメリカやオーストラリア、近年の日本と比べ、欧州や南米などは喫煙に寛容である文化的背景も挙げられるだろう。意識の高い選手が増える半面、喫煙に関しては個人のライフスタイルや依存の問題に起因することもある。
1984年、渡部恒三厚生大臣(2020年死去)が「タバコは健康に良い」とトンデモ発言を放った通り、体には毒でも、メンタルでは役に立つ側面も無視できない。
つまり、サッカー選手の喫煙は、ストレスや文化、個人の選択が絡む複雑な問題だ。現代では健康意識の高まりやクラブの管理強化により減少傾向にあるものの、完全になくなることは難しいと思われる。パフォーマンスやプロ意識の観点から、選手自身が喫煙のリスクをどう捉えるかに頼るしかないのだ。
結局、“自己責任”という結論付けをするしかないのだが、現役サッカー選手がSNS上に掲載した写真にタバコが映り込んでいただけで“プチ炎上”してしまう時代だ。サッカー選手はアスリートであると同時に人気商売でもある。“どうしても禁煙できない”のであったとしても、TPOをわきまえないと痛い目に遭うことになるだろう。
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