セリエA 日本代表・海外組

中田英寿、イタリアでの大冒険(第1弾):ペルージャ編

写真提供: ac-perugia.com

私は子供の頃から日本が大好きだった。私にとって中田英寿がイタリアに移籍するニュースはとても嬉しいお知らせであったことを今もはっきり覚えている。1998年にインターネット上で情報がとても少なかったので、中田はイタリアでどんなプレーを見せてくれることを想像するのは難しかった。唯一私たちイタリア人の参考になっていたのはその年のワールドカップのグループステージのパーフォーマンスだった。しかし、日本代表の試合を見ていたイタリア人はそんなにいなかった。

正直、中田の移籍の情報がイタリア国内に流れた時は「セリエAのペースについていけるわけない」と思った知り合いが多かった。ワールドカップの試合を見ていた私はみんなを納得させようと必死に頑張っていたが、私を相手にしてくれた人誰もいなかった。「アジアに強い選手がいない」という当時の根拠もないくだらない考え方はそんな簡単に変えられないな〜と思った…が、シーズンが始まった途端、みんなの意見が変わった。

写真提供: Gettyimages

中田とペルージャの間の取引は長いものだった。アーセナルやユベントスなども中田に興味があったので、2018年の夏の移籍期間中には「日本のベッカム」のことが話題になっていた。最終的に中田はペルージャの選手になったが、当時中田はクラブの歴史に残るほどの存在になるのは誰も想像しなかっただろう。

セリエA第1節、中田英寿のデビューの相手はユベントスだった。(ユベントスは中田英寿の物語に大きな影響を与えるので、この長い話の中にはユベントスと中田英寿の関係に注目していただきたい)。ペルージャは3対4で開幕戦に負けたが、中田はとても綺麗な2点を決めた。下記のビデオは当時のハイライトです。


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名前Uccheddu Davide(ウッケッドゥ・ダビデ)
国籍:イタリア
趣味:サッカー、アニメ、ボウリング、囲碁
好きなチーム:ACミラン、北海道コンサドーレ札幌、アビスパ福岡

14年前に来日したイタリア人です。フットボール・トライブ設立メンバーの1人。6歳の時に初めてミランの練習に連れて行ってもらい、マルディーニ、バレージ、コスタクルタに会ってからミランのサポーターに。アビスパ福岡でファビオ・ペッキア監督の通訳も務めた経験があります。

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