決勝トーナメント1回戦でもイタリアの不調は続き、ナイジェリアに前半のうちに先制点を奪われると効果的な反撃を繰り出すことができない。さらに後半の切り札として投入されたジャンフランコ・ゾラはわずか12分後の75分に、非常に厳しい判定で一発退場を命じられている。ロベルト・バッジョがやっと輝きを放ったのは、敗退の悪夢が数分後に迫った時だった。ペナルティエリア内中央で右サイドからのパスを受けると、素早く正確なフィニッシュでゴールを破り絶望的な状況から祖国を救って見せたのだ。これで息を吹き返したバッジョは、延長戦でもペナルティエリア内へ意外性に溢れたふわりとしたラストパスを送る「魔法」を見せる。ナイジェリアディフェンダーがたまらずファウルを犯してPKを得ると、バッジョは極度のプレッシャーの中で完璧なキックを決めて逆転を成功させた。
バッジョは準々決勝のスペイン戦でも、勝敗を分ける存在となる。イタリア守備陣がスペインの攻撃を耐える中で迎えた88分、前線のスペースへ走り込んでシニョーリの絶妙なパスを受けると、落ち着いたボールコントロールでゴールキーパーを交わし難しい角度からシュートを決めて見せた。このゴールによりイタリアは、再びW杯準決勝へと進んだ。
決勝トーナメントの2試合で3ゴールを決めたバッジョは、もはや精彩を欠いたグループリーグとは別人だった。中でも大会のダークホースとなったブルガリアとの準決勝は、彼のアメリカでのベストパフォーマンスと呼べるものだった。21分、左サイドでスローインを受けたバッジョは素早いターンでマークについていたディフェンダーを置き去りにし、さらにシンプルな動作だけでもう一人を抜き去る。そしていとも簡単に右足でカーブを掛けたシュートを放つと、ボールはゴールの隅へと吸い込まれた。その4分後にはブルガリア守備陣のギャップを突いてデメトリオ・アルベルティーニのパスを受け、ゴールの逆隅へとボレーシュートを叩き込んでいる。
イタリア代表とバッジョにとって、それは実に壮大な復活劇だった。アメリカの厳しい暑さの中で2枚のレッドカードを含むいくつもの困難を乗り越え、怪我と疲労を抱えながら決勝戦を含む2つの延長戦を戦い抜いてきたのだ。バッジョは準決勝で太ももを負傷しながらも、痛み止めを打って決勝のピッチに立った。もしかしたら、イタリアのヒーローにはハリウッド映画のようなハッピーエンドが相応しかったのかもしれない。しかし欧州の古典的な物語が証明する通り、時に悲劇的な結末はより強く人の心を打つものだ。
カリフォルニアの強い日差しの下で120分の戦いを終えた時、イタリアにはPK戦で勝利を掴むための力はもはや残っていなかった。バッジョのPKが枠を外れ結果的にブラジルにトロフィーを渡すことになった瞬間、カナリア色の歓喜が爆発する中で彼はペナルティスポットに立ち尽くしたままグラウンドを見つめていた。それはヒーローの旅の終着点としてはあまりにも残酷であり、同時に印象的な姿だった。1994年W杯の決勝について考える時、私の頭に浮かぶのは無人のゴールを前に腰に手を当てたロベルト・バッジョだ。彼の望んでいた歴史的な大会ではなかったかもしれないが、その悲劇的な結末は子供時代の私の脳裏にはっきりと刻まれ、今も色あせていない。
著者:マリオ・カワタ
ドイツ在住のフットボールトライブライター。Twitter:@Mario_GCC
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