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香川真司、ドルトムント電撃復帰の舞台裏激白!マンU監督からかけられた言葉とは…

香川真司 写真提供:Gettyimages

 ギリシャの強豪PAOKテッサロニキに所属する元日本代表MF香川真司(32)は、2014年夏の移籍期間最終日にマンチェスター・ユナイテッドからボルシア・ドルトムントに電撃復帰した当時の思いを語った。19日、イギリス、マンチェスターの地元紙『マンチェスターイブニングニュース』が伝えている。

 香川真司は2010年に明治安田生命J1リーグのセレッソ大阪からドルトムントへ完全移籍すると、当時チームを率いていたユルゲン・クロップ監督のもとで主力に定着。数多くのゴールに関わるなど、攻撃陣に欠かせない戦力として絶大な信頼を寄せられていた。

 ドルトムントでさらなる成長を遂げた香川真司は、アーセナルをはじめ複数クラブから関心を寄せられる中、マンチェスター・ユナイテッドへ移籍する。1年目の2012/13シーズンはアレックス・ファーガソン監督のもとで一定の出場機会を確保し、プレミアリーグ制覇に貢献。しかし、ファーガソン監督の勇退により、デイビッド・モイーズが後任としてマンチェスター・ユナイテッドに指揮官に就任すると、同選手の序列が低下。チームも低迷し再三にわたり監督交代が行われる中、香川真司はドルトムントへの復帰を決断していた。

 香川真司本人はイギリスメディアの取材に対して「わずか2年間で4人の監督のもとでプレーしてきました。25年間にもわたってひとりの監督が率いていたクラブにやって来ましたが、(ファーガソン監督の退任後は)モイーズ、ギグス、ファン・ハールが監督を務めていましたね」とファーガソン監督退任後のチームを取り巻く状況について言及。

 つづけて「個人としては、自分自身が最高のパフォーマンスを取り戻すためにも新たな挑戦が必要でした。おそらくマンチェスター・ユナイテッドに残ることもできましたが、アンヘル・ディ・マリアやラダメル・ファルカオがチームに加わり、僕自身の状況はますます悪くなりました」

 「ファン・ハール監督からは『シンジ、君はそこまで多くのプレー時間を得られないだろう』と言われた時は、ここを離れるタイミングだと理解しましたね。僕の決断は明確でした。ドルトムントに戻ることのみを望んでいましたよ」とマンチェスター・ユナイテッド退団直前にルイ・ファン・ハール監督からかけられた言葉を明かした。