その他 代表チーム

サッカー界の「ガンドルフ」カヌ。ナイジェリアをオリンピック優勝に導いた英雄

ピーター・シュマイケル(右)と対峙するヌワンコ・カヌ(左) 写真提供:Getty Images

 それはゴールデンゴールだった。稀にみるシュートは適切に名づけられた。カヌはイクペバのランニングコースにチップパスを供給したが、イクペバはそれを処理できずこぼれてきたボールを、カヌは自分で処理することにした。一人を交わし、もう一人を抜き去ると、彼はペナルティエリア付近からジーダを破る低いシュートを放った。歓喜で走り回る彼を、すぐに有頂天のチームメイトが取り囲み、カヌはまるで1杯のウォッカを見つけた喉の乾いた鶏のようによろめいた。

 その試合と余波はまさにカヌそのものだった。彼は演技じみていることと同じくらい、決定的な存在なのだ。その意味で、彼はロナウジーニョに似ている。カヌやロナウジーニョがピークの時には誰にも止められない。ひとつのフェイントで、ピーター・シュマイケルのようなゴールキーパーを反対側に崩れ落ちさせる。チャンピオンズリーグのデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦では彼はゴール前に顔を出し、素晴らしいスルーを見せた。彼はかわいそうなゴールキーパーを破るために、ボールを触る必要すらなかった。それはメッシのような選手から期待するべき“無関心”だ。

 アンドレス・イニエスタと同じように、見た目ではそうは思えないようなサッカーの天才だ。イニエスタは、途中で道を間違え、カンプノウのピッチにたどり着いてしまった中年の保険代理業者に似ている。カヌは脆弱に見え、彼が走っている間はまるでかかしのようだった。しかしその身体には優れた跳躍力が潜んでいた。先天性心疾患で死亡する可能性があったにもかかわらず、母国のキャプテンを10年以上務め、30代最後の年までプロとしてプレーした。栄光に満ちたキャリアで、アヤックス在籍時に築いたものと同じくらい、ポーツマスで伝説的な選手になった。

 そこにはさすらい者であるカヌの、なにか抑えきれない自由の精神があった。彼が狙いもなくクラブからクラブへと漂ったのではなく、彼は移籍する前に在籍したそれぞれのクラブで輝きを放っていた。再びJ・R・R・トルーキンの文献から拝借すれば、彼はサッカー界のガンダルフだ。彼が光の中を歩く時、いまだに人間たちをまごつかせている。そして彼の長い冒険が終わる時、私たちは彼が帽子を脱ぐ姿を見る、かわいそうな人間だった。

著者:ムサ・オクウォンガ

ドイツはベルリンに在住のサッカー・ジャーナリストであり、ライター・『ESPN』など、複数メディアに寄稿している。

Twitter:@Okwonga

ページ 2 / 2