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J初の女性主審、山下良美「審判員は本当にただの審判員」独占インタビュー【後編】

山下良美審判員(中)写真:Getty Images

不満の声への対応の仕方

ー選手や監督から受けた抗議のなかで驚いたものや、学びを得たものはありますか?選手に激しい口調で詰め寄られたり、一度に複数の選手の言い分を聞かなければならない場面で心がけていることは何でしょうか?

山下氏:審判員が対応しなければならない、注意しなければいけない、カードを提示しなければならない理由は、(選手や監督のしたことが)競技規則上、良いとされていないからです。なので、そこから学びたくはないと思っています(笑)。「学んだことがある」と言わないほうが良いかなと(笑)。

複数の選手からの不満の声には、色々な対応の仕方があると思います。まず私自身がたくさんの引き出しを持っていないといけませんし、その時、その選手、その場所に応じてその中からベストな方法を出せるように常に考えています。

ただ、それが本当にベストだったのかは、正直結果を見ても分かりません。結局、審判員としてはその判定に至るまでの準備しかできません。準備が全てですし、この部分を突き詰めて正しい判定に繋げることしか、正直できることはないのかなと思います。

ー主審と副審の連係が最も難しい場面は何ですか?試合前にどのような準備や打ち合わせを副審としていますか?

山下氏:副審にも色々な人がいますし、やり方も変わるので何とも言えないんですけど(審判団の間で)見えたものが違うときが難しいですね。(主審から)見えなかったものをサポートしてもらうというのは「(他の審判員へ)ありがとうございます!」という感じですけど、自分と他の審判員とで見え方が違った場合、正しい判定に繋げるのが難しいと思うときがあります。(同じ事象でも)映像の角度によっても、自分の判定が変わるときがあります。

とはいえ、自分たちが持っている情報を合わせて正しい判定に繋げるしかありません。その情報を貰える環境や状況を整えるための打ち合わせをしていますね。せっかく(正しい判定に必要な)情報を他の審判員が持っているのに、私の準備ができていなかったから受け取れなかったというのがないように。

あとは、情報を出しやすい環境を整える。単純に言えば「(判定に関わる重大な情報は)言ってください」と試合前にお願いしておくとか、試合中も自分から他の審判員に聞くとか。なるべく自分が情報を受け取れるように、試合中もその前の打ち合わせも環境を整えたいと思っています。

ー海外の大会でもレフェリーが侮辱的な言葉を浴びてしまうケースがありますが、そんな経験はございますか?もしそういうことが起きた場合は、どのように冷静さを保ちますか?

山下氏:まず、今までにそのような経験は無いです。その場面を想像すると、私は私生活でも本当に喜怒哀楽が無いに等しいので、言われてもそこまで(気にしない)ですかね。少しは何か心の動きがあると思いますけど、冷静さを保てなくなったり、競技規則を正しく適用できなくなるほどの心の状態にはならないと予想しています。

ー山下さんのメンタルの強さは感じています。

山下氏:違います(笑)。メンタルが強いわけではないです。へこんでいますよ、いつも。


山下良美審判員 写真:Getty Images

「審判員は、本当にただの審判員」

ー選手とレフェリーの理想の関係性を教えて下さい。

山下氏:とにかく選手がプレーに集中できる環境を整える。サッカーの魅力を最大限に引き出すという目標を達成するためにやっている役割なので、(選手との)関係性という部分に直接答えは出せないんです。審判員は、本当にただの審判員なので。選手とコミュニケーションをとることであったり、選手と良い関係を築こうとすることが審判員の役割ではないので。

それがサッカーの魅力を最大限に引き出すとか、選手がプレーに集中できるとか、お客さんも夢中になって試合を観れるとか、そういうところに繋がっていくなら必要なことかもしれませんけど。それが目標になってはいけないと思っています。根底の目標を見失わずに、それを達成するための必要な関係性を選手と築く。これが審判員にとっては必要だと思います。

ーサッカーの魅力を高めるためのレフェリングとはどんなものだと考えますか?また、レフェリーに向いている人物像やパーソナリティはありますか?

山下氏:競技規則を施行するというのが、審判員の一番の仕事です。それを正しくできるようにする。正直それだけが、審判員としてできることだと思っています。そう言いながら色々考えちゃうと「そうじゃないかな(違うかな)」とかも思ってしまうんですけど。

審判員として、それ以上はできないような気がします。とにかく私自身は、それしか考えていないです。1試合というよりも、1つ1つの事象や判定(試合中に)起こることに丁寧かつ誠実に対応する。審判員が試合のなかでそれを続けることが、サッカーの魅力を高めることに繋がっていくと信じています。レフェリーに向いている人物像は、サッカーが好きということしかないと思います。それだけで審判員としての資質は十分です(笑)。

ー日本国内における今後の割り当て試合、今夏の女子W杯に向けた抱負をお願いします。

山下氏:もちろん、女子W杯というのは大きな大会です。でも、その大会のためにも目の前の試合というのが、私のなかで常に目標になってきます。次の試合でいかに良いパフォーマンスをするか。いかに良いゲームにするか。いかにサッカーの魅力を高めるか。これらを目標にして、そのための準備を日々積み重ねていきたいです。

(了)

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名前:今﨑新也
趣味:ピッツェリア巡り(ピッツァ・ナポレターナ大好き)
好きなチーム:イタリア代表
2015年に『サッカーキング』主催のフリーペーパー制作企画(短期講座)を受講。2016年10月以降はニュースサイト『theWORLD』での記事執筆、Jリーグの現地取材など、サッカーライターや編集者として実績を積む。少年時代に憧れた選手は、ドラガン・ストイコビッチと中田英寿。

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