欧州サッカーの移籍市場において、最後の数日で慌てたように選手を獲得すると「パニック・バイ」と言われる。それが調子が悪いチームならばなおさらのことだ。イングランド・プレミアリーグで開幕3連敗、0得点9失点で最下位と不振の極みにあったアーセナルが、移籍市場最終日の8月31日に日本代表DF冨安健洋をイタリア・セリエAのボローニャから獲得した際にも、そういった声は聞こえていた。
だが冨安は実力であっという間にそれらを一蹴。それどころか手のひらをひっくり返させてみせた。アーセナルは冨安ら新加入選手がスタメンに加わってからのリーグ戦8試合で6勝2分と、一気に持ち直したのだ。
イングランドでは無名な選手だったこともあり、現地では冨安の活躍が驚きをもって伝えられている。しかし冨安がプロサッカー選手としてのキャリアを歩み始めたアビスパ福岡のサポーターにとってはさほど驚きはない。
冨安健洋はどのようなキャリアを送ってきたのか
三筑キッカーズ出身の冨安は小学生の頃から、バルセロナスクール福岡の指導者がFCバルセロナへ推薦するほどのプレーヤーだった。中学生となった冨安はアビスパ福岡U-15に所属し、U-18を経て2015年に天皇杯でトップチームデビュー。この時はまだ、16歳の高校2年生だった。
高校3年生で正式にトップチームの一員となると、すぐさま出場機会を確保。主にセンターバック(CB)として2017シーズンまでアビスパ福岡でプレーした。各育成年代の日本代表に選出されていたこともあって欧州から注目を集める存在になり、2018年1月に1億円を超えると言われる移籍金でシント=トロイデンVV(ベルギー1部)へと移籍した。
シント=トロイデンでは移籍直後こそ怪我でプレーできなかったが、翌2018/19シーズンは開幕戦からスタメンの座を掴み、レギュラーとして27試合に出場する。この活躍が認められ2019年7月、ボローニャへと移籍金700万ユーロ(約8億5000万円)でステップアップ。この際、育成年代を過ごしたアビスパ福岡には連帯貢献金として約2,000万円の収入があったという。
初の欧州サッカー5大リーグ挑戦となったボローニャでもスタメンに定着し、質もさることながらプレーの幅を広げる。シニシャ・ミハイロビッチ監督にサイドバック(SB)としての適正を見出され、CBもSBもこなせるユーティリティプレーヤーとして大きく成長。1シーズンを過ごしたあとミラン(セリエA)などいくつかのクラブからオファーが届いたが、ミハイロビッチ監督やジョーイ・サプート会長のお気に入りの1人だったこともあり、首脳陣が安売りすることはなかった。
翌2020-21シーズンも安定したパフォーマンスを見せた冨安は評価をさらに上げ、シーズン後にはプレミアリーグのトッテナム、セリエAのアタランタなど複数のクラブによる争奪戦が勃発。だがボローニャを満足させられるだけのオファーはなかなか届かず。移籍市場の最終日に、突然名前の挙がったアーセナルが獲得した。現地の報道によると、移籍金はボーナスも含め最大2300万ユーロ(約30億円)。契約は4年、1年の延長オプションが付いているようだ。
アビスパ福岡のサポーターに深く愛される理由
冨安がアビスパ福岡を離れて4年近くが経ったが、サポーターからは今でも強く愛されている。それには大きな理由が3つある。
まず、アビスパ福岡にとって最高の孝行息子であること。前述の通りシント=トロイデンへ移籍をした際に1億円以上、ボローニャへ移籍した際には約2,000万円。そして今回のアーセナル移籍では約7,000万円。合計約2億円を、決して裕福ではないクラブにもたらしてくれたのだ。
また、冨安の活躍はアビスパ福岡のサポーターに大きな誇りを与えている。今季明治安田生命J1リーグで躍進を見せているアビスパ福岡だが、歴史を振り返ると苦しい時期の繰り返しだった。必死にJ1へ昇格しても1年での降格を繰り返し、さらにクラブ消滅の危機や、J3降格の危機さえもあった。何度口惜しい思いをしようが声援を送り続けてきたサポーターにとって、アビスパ福岡で育った冨安が世界で活躍し日本代表の中心にいるということは本当に嬉しいことなのだ。
さらにこれらを上回る、最大の理由がある。23歳にして日本代表であり、世界最高峰のプレミアリーグの名門アーセナル所属。驕りがあってもおかしくない所だが、冨安にはそれが一切ない。それどころか現在でも、古巣であるアビスパ福岡への愛情を常に示し続けてくれている。シーズンオフに帰国すると必ずといっていいほどベスト電器スタジアムやクラブハウスに訪れ、今年8月には川森敬史代表取締役社長と面会すると「アビスパで引退したい」と明言。まだまだ先の話とはいえ、サポーターにとってこれほど嬉しいことはない。
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