
モウリーニョ
ペレグリーニの後にレアル・マドリードにやってきた監督は、インテルでトリプレテ(同シーズンにタイトル3冠)を果たしたジョゼ・モウリーニョだった。
モウリーニョとロナウドは共にポルトガル出身で、良い関係を築けると思った人はたくさんいただろう。しかし、そうではなかった。モウリーニョはロナウドにとって、最も苦手な監督となったのだ。
2人の仲の悪さを示唆する出来事はたくさんあったが、2011年に起きた衝突は誰もが忘れられないものだった。チャンピオンズリーグ準決勝第一戦。マドリードが2-0という結果でバルセロナに敗れた後、ロナウドは監督の戦術が「守備的すぎる」とカメラの前で強く訴えたのだ。モウリーニョはその行動を許さなかった。
準決勝第二戦を迎える前の最後の練習が終わると、監督はチームを集め、全員の前でこう切り出した。「クリスティアーノこっち来い、話したいことがある。私のスタイルが守備的すぎるとメディアの前で訴えたね。それは誰のせいだと思う?お前のせいだよ。お前がわがまますぎて、守備をするべき場面でチームメイトに協力しようとしないからだ。お前は仲間をリスペクトしていない。自分のことばかりを考える。彼らが一生懸命走っているのに、足元でボールを待つだけで満足なのか?」
ロナウドが全員の前でここまでの説教を受けたのは初めてだという。その時から2人の関係はよりひどくなり、お互いを無視するようになった。

アンチェロッティ
モウリーニョがレアル・マドリードを離れると、ロナウドの状況は一気に落ち着いた。それはイタリア人監督カルロ・アンチェロッティがやってきたからだ。
アンチェロッティはとても穏やかで、選手のベストを引き出すことで有名である。ロナウドも例外ではなかった。
アンチェロッティとロナウドの関係はとても良く、それはピッチにも現れていた。2人のおかげでもあって、2013/2014シーズンにマドリードは念願のデシマ(スペイン語で10度目のCL優勝を表す)を達成することができたのだ。
ロナウドはアンチェロッティについてこのように語っている。「素晴らしい指導者でありながらとても優しい人です。いつかもう一度、彼の元でプレーしたいと思っています」

ベニテス
ロナウドと良い関係でいられなかったもう一人の監督は、ラファエル・ベニテスだ。彼がレアル・マドリードでチームを指揮したのはたったの7ヶ月(2015年6月〜2016年1月)。そして、ここまでに早くチームを去ったのはロナウドの影響が関係していると言われている。
ロナウドはベニテスのコンセプトが気に食わなかった。「ベニテスは我々選手にフリーキックの蹴り方、ボールの扱い方、ドリブルの仕方ばかりを教えていました。しかし、こういったことは教えるものではないと思います。選手自身が身につけなければならないものです。指導者は技術より戦術を教えることに集中するべきだと思いませんか?私にフリーキックの正しい蹴り方を教えようとしたときに私はどう答えればよかったと思いますか?“わかりました”と言って、話を早く終わらせるしかなかったです」
ベニテスからは、ロナウドに対する不満な発言などは特になかったという。彼はカメラの前で選手を侮辱するタイプではないため、不満があったとしてもそれはこれからも明かさないだろう。
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