
2025年11月9日に行われた明治安田J2リーグ第36節RB大宮アルディージャ対水戸ホーリーホックの一戦では、試合中にスタンドで急病人が発生し試合が一時中断するアクシデントが起きた。近年のJリーグでは、スタジアムで急病人が発生した際に試合を止めて対応にあたるケースが増えている。
かつては試合進行が優先されることもあったが、現在は観客の命を守ることが最優先事項として位置付けられている。こうした中断がなぜ行われるのか、国際的な流れや背景、各クラブの運営体制の進化とともに詳しく解説する。

「観客の安全最優先」という理念の定着
サッカーの試合運営において観客の安全を最優先する考え方は、現在では広く受け入れられている。しかし、かつては観客席で急病やトラブルが発生しても試合は原則続行となり、応急対応はスタンド内で独立して行われていた。スタジアムの大規模化や来場者数が増加に伴い、安全確保はクラブ運営の重要課題となったものの、試合よりも観客対応を優先する運営が定着したのは2000年代以降である。
国際的にも、安全対策は強く求められている。FIFAのスタジアム技術ガイドラインでは、医療施設や救急スタッフの配置、避難経路の確保が求められ、AEDの備え付けも推奨されている。UEFA(欧州サッカー連盟)も同様に救急医療体制や緊急行動計画の整備を試合主催者へ義務付けており、緊急時に迅速な対応が行える体制の構築を求めている。これにより、観客の急病時には必要に応じて試合を中断し、命を守る対応が可能となっている。
さらに、観客の安全を優先する理念には法的・組織的な裏付けもある。イギリスでは「Safety of Sports Grounds Act 1975」によって、スタジアム運営者が避難経路や入退場口の管理を含む安全性の確保義務を負うことが定められている。また 「Occupiers’ Liability Act 1957」では、観客に対する合理的な注意義務(common duty of care)も規定されており、急病や事故が発生した際、クラブや運営者は観客の安全を守るための適切な対応が法的に求められている。

欧州で急病対応が重視されるようになった背景
観客の急病に伴う試合中断が一般化した背景には、欧州サッカーにおける安全対策の歴史的変化がある。欧州では過去に多数の観客事故が発生しており、その反省からスタジアムの安全基準が段階的に強化されてきた。
その象徴的な出来事が、1989年にイングランドで起きた『ヒルズボロの悲劇』である。ゴール裏の立見席で観客が将棋倒しとなり、90人以上が犠牲となったこの痛ましい事故は、スタジアムにおける観客管理の在り方を根底から見直す転機となり、欧州全体の安全対策に大きな影響を与えた。
こうした流れを受け、スタジアム内の医療体制に関する基準も急速に整備された。欧州主要リーグでは、観客の救護活動が試合進行と密接に関わるという認識が強まり、ピッチ上の選手同様、観客も迅速な医療介入が必要な存在として扱われるようになった。その結果、観客に心停止や重篤な症状が発生した場合には、現場スタッフが処置しやすいよう試合を一時中断することが「合理的で不可欠な対応」として認められるようになった。
さらに、この考え方を世界的に確立させる契機となったのが、2021年欧州選手権でのデンマーク代表MFクリスティアン・エリクセンの心停止事故。スタジアムで迅速な医療対応により命を救うことができた代表的な事例である。エリクセンは試合中にピッチ上で突然倒れたが、医療スタッフが即座に駆けつけ、AEDを用いた迅速な救命処置によって命が救われた。この事例は、迅速な医療介入のために試合中断が不可欠であることを世界に認識させただけでなく、観客に急病が発生した場合も、視界確保や騒音遮断のため、試合中断の必要があることを強く示すものとなった。
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