西日本にサッカー専用の新スタジアム
しかし、西日本にばかりサッカー専用の新スタジアムが次々と開場するのはなぜなのか。2016年、J1ガンバ大阪が本拠地とする「パナソニックスタジアム吹田」。2017年、J3ギラヴァンツ北九州の本拠地「ミクニワールドスタジアム北九州」。2020年、J1京都サンガの本拠地「サンガスタジアム by KYOCERA」。2021年、J1セレッソ大阪の本拠地として長居球技場を大幅改装した上で「ヨドコウ桜スタジアム」。
東日本は、2026年アジア競技大会に向けて全面改装中の名古屋グランパスの本拠地「パロマ瑞穂スタジアム」を除けば、新スタジアムが計画の段階でストップしてしまっている。首都圏をホームとする強豪J1クラブで、サッカー専用スタジアムを本拠地としているのは浦和レッズと柏レイソルくらいだ。横浜F・マリノスも川崎フロンターレもFC東京および東京ヴェルディも町田ゼルビアも、陸上競技場兼用スタジアムを本拠地としている。
このうち、FC東京と東京Vの本拠地である「味の素スタジアム」は、2013年に開催された国民体育大会(国体)のために建設されたものであり、横浜FMの本拠地「日産スタジアム」は2002年FIFAワールドカップ日韓大会の決勝戦が行われる予定だったにも関わらず、1998年の国体を念頭に設計されたため、陸上トラックが併設された経緯がある。
ちなみに陸上トラック付きのスタジアムでサッカーのW杯決勝戦が行われたのは、日産スタジアム以外では、1938年フランス大会のパリ「スタッド・オリンピック・ド・コロンブ(現在は全面改修され2024年パリ五輪のホッケー会場として使用)」と、1974年西ドイツ大会のミュンヘン「オリンピア・シュタディオン」、1990年イタリア大会のローマ「スタディオ・オリンピコ」、2006年ドイツ大会のベルリン「オリンピア・シュタディオン」のみだ。
このうち「味の素スタジアム」は2017年、日本陸連第1種公認が満了となって以来、陸上競技の公認競技大会が開催されることなく、広大かつ無駄なスペースが残されたままだ。2019年にはラグビーワールドカップの会場となったが、2021年の東京五輪後に球技専用スタジアムに改修する構想が持ち上がったものの、議論が進んでいる様子は伺えない。
「日産スタジアム」は、かつて「スーパー陸上」と呼ばれたゴールデングランプリ陸上が開催され、味スタ同様、ラグビーW杯の決勝戦会場となった。しかし現在では陸上のイメージがない上、球技と陸上の間を取ったような設計のためピッチとスタンドの距離が遠く、スタンドの傾斜も緩いことで、旧称の横浜国際総合競技場からもじって「横酷」と呼ばれるほどだ。
川崎の本拠地「等々力陸上競技場(Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu)」も、その竣工は1962年。Jリーグ創設の1993年から2000年の味スタ移転までヴェルディ川崎が本拠地とし、1999年からは川崎フロンターレが本拠地としているのだが、その歴史は半世紀を超えている。観客席は増築に次ぐ増築で現在約27,000人の収容人数を誇るが、2015年に新築されたメインスタンドは立派である反面、バックスタンド1階席のコンコースの狭さや2階席への階段、トイレの少なさに“継ぎはぎ感”を感じるスタジアムだ。2024年になって収容人数約35,000人の球技専用スタジアムへの改修計画が浮上したが、まだ骨子案の段階であり、メインスタンド新築から間もないこともあって、時間がかかりそうだ。
その他、陸上競技場を併設するスタジアムのほとんどが、国体のために建設されたものであり、“負の遺産”とさせないため、自治体側に半ば押し付けられたのが現実だろう。
東日本での建設を妨げるものは
ではなぜ、東日本にサッカー専用スタジアムが新設されないのか。東日本との比較で言うと、西日本は各Jクラブが「地域密着」の経営を進める中で地元自治体や企業と連携し、新スタジアム建設の機運が高まりやすい傾向がある。
また、新スタジアム建設には莫大な建設費がかかるため、スポンサー企業の後押しが欠かせない。特に地方経済の拠点としての役割がある都市は、インフラ投資としてスタジアム建設を選ぶ傾向にあり、理解が得られやすい側面もある。
加えて西日本では、比較的、用地確保がしやすい点もある。首都圏をはじめ東日本の都市部は地価が高く、建設用地の確保で壁にぶつかる。特に東京では資材費の高騰に加え人件費も上がり、当初の想定費用を大きく超える。五反田TOCビルや中野サンプラザの建て替えもままならず、TOCビルに関しては建て替えを諦め営業再開に至ったほどだ。たった1棟のビルすら建てられないのが、今の東京の現実だ。
さらに、これらを押し切って建設計画を前進させようとしても、待ったを掛ける壁が存在する。行政監視のために存在する「オンブズマン」と呼ばれる市民グループだ。
「公的オンブズマン制度」は、行政側の業務や職員の行為などによって不利益を受けた時に苦情を申し立てることができる制度で、弁護士免許を持ったオンブズマンが公正・中立的な立場でその任にあたる制度だが、厄介なのは、公的オンブズマン制度の外にある「市民オンブズマン」や「私的オンブズマン」と呼ばれるグループだ。
こうした「オンブズマン」を名乗る市民団体が首都圏を中心に次々と誕生し、その数が把握できないほどに膨れ上がっている。「市民オンブズマン」に特別な権限はないが、彼らは市民の権利を最大限に活用し「行政を市民の手に取り戻す」という旗印の下、税金の使い道に目を光らせ、「無駄」と決め付けたものに対しては徹底的に潰しに掛かる。
西日本の各自治体がJリーグを観光資源とみなし、積極的に予算を投じスタジアム整備を後押しした上で観戦を目的とした観光客を誘致し地域活性化を図る一方、首都圏で同じ試みをしても“圧力団体”と化した市民オンブズマンが反対の声を上げ、その声の大きさに自治体側も尻ごみしてしまう。西日本の自治体のように「観光振興」という理由付けができない側面もあるだろう。
これらの要因が重なり、西日本で新しいサッカースタジアムが次々と誕生する一方、東日本では国体のために建設されたスタジアムを“使わせられている”現状から脱せられずに現在に至っている。
これらを克服し、新スタジアム建設の機運を高めるには、現在使用しているスタジアムの老朽化を待つしかない。あの「東京ドーム」ですらその耐用年数は約30年といわれ、とっくにその年数を過ぎているなか大規模改修で凌いでいる。築地市場跡地に新球場建設のプランが持ち上がってはいるが、都知事が「食のテーマパークを作る」という私案を掲げ、新球場建設計画は宙ぶらりんのまま頓挫してしまった。東京におけるスタジアム建設の難しさを証明してはいまいか。
クラブの価値や用地の確保、行政の支援、地域の活性化といった多面的な要素が絡み合う新スタジアム建設。東日本、特に首都圏でなかなか進まない要因もまた複雑なのだ。
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