横浜F・マリノス 日本代表

塩貝健人が激白!横浜FM加入辞退の裏側「自分に嫌気」「慶應を逃げ場に…」海外移籍後押しした監督の言葉とは

塩貝健人 写真:アフロスポーツ

 ボルフスブルク所属FW塩貝健人は、11月の国際Aマッチ2試合(対ブラジル代表、パラグアイ代表)の日本代表に招集されなかった。代表メンバー発表後、本人が自身の過去を振り返るとともに、横浜F・マリノス加入内定を辞退してオランダ1部NECナイメヘンへ移籍した裏側を明かしている。

 慶應義塾体育会サッカー部の公式ブログでは、6日に塩貝の引退ブログが公開されている。その中で、同選手は2024シーズンに横浜FMで出場機会が限られていたことを回顧。「チャンスを掴めるかどうかは、それまでの準備と、目の前の一瞬にどれだけの覚悟を持って臨めるかにかかっていると思う。そのことを改めて痛感すると同時に、もっと上のレベルに行きたい。もっと活躍して、日本代表に入りたい。そんな思いが日に日に強くなっていった。しかし、その思いが強くなればなる程、理想と現実のギャップに苦しむようになった。一度は掴んだマリノスでのチャンスも、その後は思うように出場機会を得られず、主戦場は慶應のままだった」と綴った上で、当時の心境を明かしている。

 「『マリノスでは出られないから、慶應で出る』、いつしか、自分の中でそんな考え方になっていた。もっと上に行きたいと思いながら、目の前の環境に全力で向き合えていない。そんな中途半端な自分に嫌気が差し、いつの間にかサッカーを心から楽しめなくなっていた」

 「慶應を逃げ場にしてしまい、思うようにいかない現状をどこかで他責にしてしまう自分がいた。大学リーグに戻っても得点を奪えず、不安や焦りは日に日に大きくなっていった。当時はまともに眠ることもできず、1人で考え込んでいるうちに朝を迎えることも多々あった」

 NECナイメヘンからオファーが届いたのは、早慶戦の1週間前。塩貝は海外移籍のチャンスが舞い込んできた時の心境や、ナイメヘン移籍を決断するに至るまでの過程を以下のように明かしている。

 「人生で1番悩んだ1週間だった。大学サッカーですら違いを見せられていない今の自分が、海外で通用するのか。幼い頃から憧れ、ようやく入ることのできた慶應を、このタイミングで去るのか。言葉もろくに通じない異国の地で、1人で暮らすことができるのか。既にマリノスへの加入が内定しているのに、それも辞退するのか」

 「正直、オファーを断る理由はいくらでもあった。しかし、どれだけ考えても、どちらが正しい道なのか答えは出なかった。そんな時、以前マリノスの監督から言われた言葉が頭に浮かんできた。『お前には上に行ける才能があるが、何かを犠牲にする覚悟がなければ世界のトップ選手には絶対なれない』。同じストライカーとして世界で活躍した監督からの言葉だったからこそ、自分の心に突き刺さったのを今でも覚えている。最終的に、この言葉が自分を突き動かすきっかけとなった。早慶戦の翌日、自分はオランダへ向かう飛行機に乗っていた」

 特別指定選手という立場でありながらも、海外移籍に踏み切った塩貝は「この決断は正しかったのか」と胸を張っている。ブラジル代表との再戦でピッチに立てないとはいえ、将来有望なストライカーへの期待は高まっている。