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鹿島レオ・セアラが激白!C大阪から電撃移籍の裏側「母国復帰間近も…」横浜FMにも言及

レオ・セアラ 写真:アフロスポーツ

 鹿島アントラーズ所属のブラジル人FWレオ・セアラは、7日開催のJ1百年構想リーグ・東京ヴェルディ戦でスタメン出場。チームの勝利に貢献した一方、母国メディアの独占インタビューでセレッソ大阪から鹿島へ移籍した舞台裏、それに横浜F・マリノスと鹿島の違いなどを明かした。

 ブラジル『Canal GT』のインタビューでセアラは、鹿島移籍が当初の計画とは大きく異なる展開だったことを告白。2024シーズン終了の時点でC大阪との契約がまだ1年残っていたなか、ブラジル復帰をほぼ決断していたという。

 当時はブラジル1部フォルタレーザECへの移籍が間近になっており、休暇に入る直前だった。しかし、そのタイミングで鹿島から突然オファーが届いたことで状況が一変した。

 決断を後押しした要素の一つが、クラブの象徴的存在でもあるジーコ氏の存在だった。フラメンゴファンとして知られるレオ・セアラにとって、ジーコ氏がクラブに関わっていることは大きな魅力だったという。また、鹿島でプレー経験のある友人からクラブの評判を聞いていたことも、移籍を決断する後押しとなった。

 さらにセアラは、日本で所属したクラブの違いについても言及。自身の日本キャリアの原点はFC琉球だったと振り返る。20歳の頃、ブラジルのクラブで出場機会を得られない状況から琉球へ期限付き移籍し、日本でのプロキャリアをスタートさせたという。

 その後は横浜FMでもプレーし、J1リーグ優勝も経験。ただ本人の中では、当時は絶対的なレギュラーではなく、FWアンデルソン・ロペスらと出場機会を分け合う形だったという認識があったという。

 一方、鹿島で手にしたリーグタイトルは特別な意味を持つと語る。シーズンを通して出場し、エースとして得点王争いに関わりながらチームの成功に貢献できたことが、自身のキャリアの中でも特別な経験になったという。

 またレオ・セアラは、C大阪と鹿島はいずれも日本人主体のクラブ運営だとしながらも、鹿島には独特の“勝者のメンタリティ”があると強調。この精神こそが移籍を決断した理由の一つだったと明かしている。ブラジル人選手を支えるクラブのサポート体制も含め、鹿島の環境が自身にとって大きな魅力だったようだ。