
キム・ジンヒョン(韓国)2009年来日
クラブ最多出場を誇る“もう1人のミスター・セレッソ”
Jクラブ在籍歴:セレッソ大阪(2009-)
韓国ソウルの名門私学、東国大学在学中の2008年、当時J2のセレッソ大阪の練習生を経て、翌2009シーズンに正式契約した韓国人GKキム・ジンヒョン。当時のレヴィー・クルピ監督の大抜擢により、いきなり開幕スタメンに名を連ね、2009年はJ2での初シーズンを過ごす。2011年のJ1昇格時には復帰の立役者の1人となった。
チームは再びJ2降格を経験(2015-2016)し、他クラブからのオファーも報じられたが残留。C大阪一筋17年目のシーズンを過ごし、積み上げたリーグ戦出場試合数は527。この数字は元日本代表FWの“ミスター・セレッソ”森島寛晃氏(現株式会社セレッソ大阪代表取締役会長)の361試合を超える数字だ。しかし本人はその称号を「自分は森島さんの足元にも及ばない」と首を振る謙虚さを持ち合わせている。クリーンシート(無失点試合)は100試合以上、Jリーグの外国人選手として単一クラブ最長在籍記録を持っている。警告も少なく、昨2024シーズンにはフェアプレー個人賞を受賞した。
38歳で迎えた今2025シーズンも先発出場を続けていたが、第10節以降、扁桃炎による発熱に端を発したコンディション不良で、福井光輝に正GKの座を譲っている。しかし、まだまだ老け込むのは早いだろう。同じく大ベテランの元日本代表FW香川真司とともに、若いイレブンを引っ張る存在だ。
昨年は「自分が日本に適応しているかどうかは別として、僕は外国人枠の1つを占めています。他の選手よりも何か違うものを示さなければなりません。それが僕の責任です」と語ったことも報じられ、助っ人外国人としての気概を示した。キム・ジンヒョンの成功は、日本語を流暢に話すほどの適応力と、チームへの献身によるものと言えるだろう。

エドゥアルド(ブラジル)2013年来日
J2で移籍を繰り返しつつもJ1優勝を3度経験した“出世魚”
Jクラブ在籍歴:ガイナーレ鳥取(2013)栃木SC(2014)柏レイソル(2014-2016)川崎フロンターレ(2016-2018)松本山雅(2019)サガン鳥栖(2020-2021)横浜F・マリノス(2022-2024)V・ファーレン長崎(2025-)
母国ブラジルのCAメトロポリターノで17歳の若さでプロデビューを果たし、オーストリア・ブンデスリーガ2部のルステナウとアウストリア・ルステナウへの期限付き移籍を経験した後、2013シーズン途中、J2ガイナーレ鳥取に加入したエドゥアルド。センターバック、サイドバック、ボランチと各ポジションをこなせる選手として重宝され、翌2014シーズンJ2の栃木SCに移籍し、センターバックのレギュラーとして活躍した(鳥取、栃木での登録名は「ドゥドゥ」)。
2024シーズン途中の8月に柏レイソルに移籍。新加入発表4日後の第20節ヴィッセル神戸戦(8月16日/日立柏サッカー場/2-0)にボランチとして先発フル出場し、前半アディショナルタイムに移籍後初得点を挙げた。翌2015シーズンにはDF陣に負傷者が続出したことで、センターバックのレギュラーに定着した。
2016シーズンの開幕後には川崎フロンターレに完全移籍。すぐに主力選手となり、ここで期限付き移籍の繰り返しから解放された。2017、2018シーズンのJ1連覇に大いに貢献した。
2019シーズンには松本山雅に、2020シーズンからはサガン鳥栖(いずれも当時J1)でプレーし、2022シーズンに横浜F・マリノスに移籍。フィジカルとポジショニングでディフェンスを統率し、再びJ1優勝を経験する。
そして2025シーズンはJ2のV・ファーレン長崎でJ1昇格を目指して戦っている。J1とJ2で150試合以上に出場し、チームのバックラインを支えている。過去のJリーグ公式サイトでのインタビューでは「日本のサッカーは戦術的で、ディフェンダーとして成長できる。サポーターの情熱も素晴らしい」と語り、日本でのプレーに満足している様子だ。エドゥアルドの成功は、フィジカルと戦術への適応力に加え、自身の謙虚な努力によるものだ。
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