
Jリーグは1993年の創設以来、数多くの外国人選手がそのピッチで輝きを放ってきた。日本の水が合わず短期間で母国に帰る選手もいれば、日本での活躍が認められ欧州へとステップアップしていく選手もいる中、Jリーグの環境や日本での生活に魅了され、長きにわたり日本でプレーを続ける助っ人外国人も存在する。
ここでは、現在もJリーグで活躍を続け日本に深く根付いた助っ人外国人選手の代表例として、4人の外国人選手(パトリック、ピーター・ウタカ、キム・ジンヒョン、エドゥアルド)に焦点を当て、彼らのキャリアや日本での成功の背景を探る。
彼らの成功の背景には、日本サッカーへの戦術理解度、プロフェッショナルな姿勢、そしてサポーターや日本文化へのリスペクトがある。「もはや帰国する気はないのではないか?」と言われるほど日本で活躍し続ける姿は、Jリーグのグローバルな魅力と選手たちの適応力を象徴している。

パトリック(ブラジル)2013年来日
日本代表入りも目指したゴールマシン
Jクラブ在籍歴:川崎フロンターレ(2013)ヴァンフォーレ甲府(2013)ガンバ大阪(2014-2017、2019-2022)サンフレッチェ広島(2017-2019)京都サンガ(2023)名古屋グランパス(2024)ツエーゲン金沢(2025-)
ブラジル国内13クラブを渡り歩いていたFWパトリックは、2013年に25歳で初来日。アトレチコ・ゴイアニエンセからの期限付き移籍で川崎フロンターレに加入すると、すぐにJリーグ初得点を挙げる。だが同年7月にはヴァンフォーレ甲府へ移籍し、残留争いの中で貴重なゴールを記録した。2014年に一度は帰国したものの、同年夏にガンバ大阪へ加入すると一気にブレイク。シーズン後半の快進撃を支え、ベストイレブンやルヴァン杯MVPに輝くなど“G大阪の救世主”となった。
2017シーズンにはサンフレッチェ広島に期限付き移籍し、得点王争いに絡む活躍で2019シーズンには念願の完全移籍を勝ち取る。しかしスランプにより同年途中に再びG大阪へ復帰(翌シーズンの買い取り前提での期限付き移籍)。2020シーズンに完全移籍すると本来の調子を取り戻し、日本での生活に馴染んだパトリックは帰化を希望、日本代表入りの可能性を口にするまでになった。
2022シーズン後にG大阪を退団すると、2023シーズンには京都サンガ、2024シーズンには名古屋グランパスをそれぞれ1年ごとに移籍を繰り返すことになる。そして2024年末、Jリーグファンは「J3ツエーゲン金沢入り」という驚きのニュースを耳にする。
全盛期を過ぎたとはいえ、37歳となった今も衰えを見せず、金沢では2025シーズン第26節終了時点で7得点、驚異のシュート決定率22.5%を誇っている。さらに、息子のフェリペくんも金沢の下部組織に入団し、13歳ながらも既にU-15のチームでプレー。親子2代で北陸の地に根を下ろしつつある。

ピーター・ウタカ(ナイジェリア)2015年来日
J1・J2で得点王に輝いた日本サッカーへの適応力
Jクラブ在籍歴:清水エスパルス(2015-2016)サンフレッチェ広島(2016-2017)FC東京(2017)徳島ヴォルティス(2018)ヴァンフォーレ甲府(2019、2023-2024)京都サンガ(2020-2022)栃木シティ(2025-)
2015シーズン、中国スーパーリーグの上海申鑫(財政難により2020年解散)から清水エスパルスへやってきた元ナイジェリア代表FWのピーター・ウタカ。ロイヤル・アントワープ時代(2007-2008)にはベルギー2部リーグ得点王、オーデンセ時代(2008-2012)にはデンマーク・スーペルリーガ得点王の看板を引っ提げて来日した。
当時の清水は若手への切り替えに舵を切ったものの、低空飛行を続け、クラブ初のJ2降格の憂き目に遭う。しかし、ウタカはJリーグへの素早い適応力を発揮し、9得点を記録。翌2016シーズン、広島に期限付き移籍すると19得点と大爆発し、J1得点王のタイトルを手にした。
しかしこれが逆に災いし年俸が高騰。2017年に清水から広島へ完全移籍したものの、そのシーズン途中にFC東京へ期限付き移籍。1年限りで契約満了となり、一度はデンマーク2部のヴェイレBKに移籍、日本を後にする。
しかしわずか4か月後の2018年6月、J2徳島ヴォルティスに完全移籍し、Jリーグ復帰。2019シーズンにはJ2ヴァンフォーレ甲府に、2020シーズンにはJ2京都サンガに移籍。22得点を決め、J2得点王のタイトルを獲得。2021シーズンも21得点を記録し、京都の12年ぶりのJ1昇格に貢献し、翌2022シーズンは9得点に終わったものの、J1参入プレーオフのロアッソ熊本戦(サンガスタジアム by KYOCERA/1-1)では、残り20分から途中出場。前線からのプレッシングと体を張ったシュートブロックでJ1残留に貢献した。
2023シーズンには4年ぶりに再び甲府のユニフォームを着ることになり、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)でも活躍。2シーズン在籍し、いずれもチーム得点王となるが、2024シーズンオフに甲府との契約が満了となり退団。
2025シーズン開幕後も、移籍先が報じられていなかったことで、誰しもが引退したものと思っていた矢先、3月27日にJ3昇格組の栃木シティへの加入が発表された。途中出場が多いものの、17試合で4得点(26節終了時点)を挙げ、チームの快進撃を下支えしている。京都時代の公式インタビューで「日本のサッカーは戦術的で、選手としての成長を促してくれる」と語っていることから、勉強熱心さも伝わってくる。
どのチームへ行っても“愛されキャラ”で、自らを日本に呼び寄せた清水に対しても、2度にわたって在籍した甲府に対してもリスペストを欠かさず、「富士山は静岡県と山梨県の半々」と答える茶目っ気がウタカの持ち味だ。41歳となった今、さすがに往年の爆発力は望めないが、フィジカルを生かしたキープ力で貢献している。足掛け10年日本でプレーし、様々な経験を経て彼なりに“マイナーチェンジ”し、自らの価値を証明し続けていることが分かる。非常にプロ意識が高いクレバーな選手だと言えよう。
まだまだ引退は先のようにも思えるが、引退後には日本とナイジェリアの架け橋となるべく、エージェントを目指す意思を示しているウタカ。自分のアパレルブランドを立ち上げるなど、多方面での活躍が期待される。
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