
「フーリガン」の影(2000年代以降)
2000年代に入ると、ネットの普及により、サポーターは海外のサッカー文化、特に「ウルトラス」と呼ばれる欧州の熱狂的なサポーター集団や、暴力的な側面を持つ「フーリガン」の存在を知ることになる。これが、対立をさらに過激化させる2つ目のターニングポイントだ。一部のサポーターグループが、発煙筒を焚く、過激な横断幕を掲げる、集団で相手サポーターを威嚇するなどといったフーリガンのスタイルを、いわば“ファッション”として模倣し始める。
この傾向が深刻な事件として表面化したのが、2008年5月17日、埼玉スタジアム2002で行われた浦和レッズ対ガンバ大阪の試合だった。試合前からG大阪サポーターによる水風船の投げ込みなどの挑発行為があり、試合後には浦和サポーターの一部がG大阪サポーターの退出ルートを塞ぎ、バスを取り囲む騒動に発展した。Jリーグは両クラブの安全管理義務の怠りを問題視し、浦和に2,000万円、G大阪に1,000万円の制裁金を科した。これは当時、Jリーグ史上最高額の制裁金であった。
この事件は、いかに海外のフーリガニズムがJリーグに悪影響を与えたかを象徴している。単なる応援合戦ではなく、実力行使や威嚇行為を伴うスタイルが持ち込まれたことで、ダービーマッチは「お祭り」から「抗争」の側面を色濃く帯びるようになったのである。

SNS時代の到来で可視化された対立(2000年代以降)
そして、サポーター間の対立を決定的に変質させ、いわば“ケンカ”へと変えた最大の要因がSNSの普及だ。これが3つ目のターニングポイントだ。
2010年代以降、Twitter(現X)やInstagram、YouTubeといったSNSが浸透したことで、スタジアムで起こるあらゆる事象が瞬時に記録され拡散されるようになった。サポーター同士の諍い事、侮辱的なジェスチャー、器物破損といった、これまでスタジアムという閉鎖的な空間で起こっていた局所的なトラブルが、写真や動画を通じて全世界で可視化されたのだ。
この可視化は、対立を再生産し増幅させる負のループを生んだ。なぜなら、SNS上では過激な言動ほど注目を集めやすく、一部の不適切な行為があたかもそのサポーター全体の総意であるかのように拡散され、誤解を生むからだ。相手サポーターの不適切な動画を引用して非難し、それがまた相手側の反感を買い、さらに過激な言動を引き出す。この連鎖が、スタジアムの外でも24時間続く“デジタル・ダービー”の様相を呈している。
この問題を社会に広く知らしめたのが、2014年3月8日、浦和レッズのサポーターが埼玉スタジアムのゲートに「JAPANESE ONLY」という差別的な横断幕を掲げた事件だ。クラブが試合終了までこれを撤去しなかったため、Jリーグは「クラブが差別的行為を許容、黙認した」と判断し、無観客試合(同年3月23日/清水エスパルス戦1-1)という厳しい処分を下した。この事件は写真がSNSで拡散されたことで広く知られることとなり、Jリーグのイメージを大きく損ねた。
FIFA(国際サッカー連盟)が2013年5月に採択した「人種差別主義及び人種差別撲滅に関する決議」を受けて、JFA(日本サッカー協会)は同年11月に規定を整備。それに合わせてJリーグも2014年に懲罰規定を整備し、差別的行為に対してより厳格に対処する姿勢を明確にした。

サポーター「劣化」は本当か?
では、Jリーグのサポーターはただ単に「劣化」したのだろうか。見方によってはあらゆる問題行動がSNSによって可視化されやすくなっただけで、大多数のサポーターはルールとマナーを守り、健全な応援を楽しんでいるという事実も忘れてはならない。問題のあるサポーターだけを例に挙げて、十把一絡げに結論付けるのは早計だ。足繫くスタジアムに通うファンであれば、その事実を知っているはずだ。
重要なのは、問題が起きた際に機能する自浄作用だ。前述の浦和サポーターによる「JAPANESE ONLY」事件後、浦和のサポーター自身が「俺たちの浦和レッズに差別主義者はいらない」という横断幕を掲げ、クラブやリーグも差別撲滅に向けた取り組みを強化した。この事件を契機に、Jリーグも差別撲滅に向けた取り組みを強化。クラブやサポーターに対し、いかなる差別的・侮辱的な行為も認めないとする方針を明確にし、違反者に対する厳しい処分を徹底している。
近年では違反行為を行った個人を特定し、無期限入場禁止などの厳しい処分を下すケースも増えている。しかしこの「無期限」という文言が実質的に再入場の可否をクラブ判断に委ねているため、より明確なルール整備を求める意見も一部で上がっている。
サポーター間の対立や衝突の歴史は、Jリーグの応援文化が形成される過程で生じた側面もあり、避けては通れない成長痛だったのかもしれない。熱狂を失うことなく、いかにして暴走を防ぎ、リスペクトを伴ったライバル関係を築いていくか。その答えは、クラブ、リーグ、そして何よりもサポーター自身の良識と行動に委ねられている。
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