
近年、サウジアラビアのみならず、カタール、UAEなどの中東産油国によるサッカークラブへの巨額投資が注目を集めている。欧州サッカー界では今オフシーズンもまた、トップリーグから中東への移籍が続いている。
7月10日には、セリエAのミランで2019/20シーズンから6シーズンもの間守備の要だったフランス代表DFテオ・エルナンデスの、サウジアラビアのアル・ヒラルへの移籍が発表された。その推定移籍金は2,500万ユーロ(約42億8,000万円)で、推定年俸は約2,200万ユーロ(約38億円)という天文学的数字だ。
このエルナンデスの例に限らず、中東クラブの「金満補強」が欧州5大リーグやJリーグに影響を与えている。ここでは、中東クラブの資金力の背景とその持続可能性を分析し、欧州クラブやJクラブがこの潮流に対抗するための戦略を考察。さらに一流選手の移籍動向やリーグの構造的課題、中東の投資戦略の長期的影響を踏まえ、具体的な対策も提案する。

中東クラブの金満補強の背景
中東のクラブはオイルマネーを背景に世界的スター選手の獲得を加速させ、リーグの注目度を高めている。特にサウジ・プロフェッショナルリーグ、カタール・スターズリーグ、UAEプロリーグは、国家主導の資金力を背景に従来の欧州偏重構造に揺さぶりをかけている。
サウジアラビアでは、公共投資基金(PIF)がアル・ヒラルやアル・ナスルといったクラブを支援し、ポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウド(アル・ナスル)や元フランス代表FWカリム・ベンゼマ(アル・イテハド)といったスター選手を獲得。2023年夏には、チェルシーで中盤の要だったフランス代表MFエンゴロ・カンテが、アル・イテハドに移籍した。これらの投資は、スポーツを通じた国家ブランディングや、オイルマネーに頼らない経済多角化を目指す「ビジョン2030」と呼ばれる国家戦略に根差している。
カタールでは、パリ・サンジェルマン(PSG)を所有するカタール・スポーツ・インベストメント(QSI)が2011年から巨額投資を行い、欧州トップクラブの競争構造に影響を及ぼしてきた。UAEも同様に、アブダビ・ユナイテッド・グループが2008年にマンチェスター・シティを買収。シティは2022/2023シーズンの欧州CL(UEFAチャンピオンズリーグ)を制し、欧州王者にまでになった。いまや中東諸国の資本は、欧州のピッチの隅々にまで浸透している。
一方で、若手育成や自国選手の出場機会の減少といった課題も指摘されている。外国人枠の拡大によって競争力は高まるものの、土台となる育成システムの整備が追いつかず、各国代表のパフォーマンス低下や将来の人材難が懸念されている。カタールでは国立のアスリート養成機関「アスパイアアカデミー」を通じた若手育成に注力しているが、やはり各クラブでは外国人選手依存度は高い。

金満補強の持続可能性には疑問
中東クラブの金満補強は、短期的にはリーグの注目度や収益を向上させる効果があった。サウジリーグはロナウドの加入後、観客動員やスポンサー収入が増加し、2022年のFIFAワールドカップ(W杯)カタール大会では65億ドル(約8,973億円)の経済効果が想定された。しかしながら、長期的な持続可能性には疑問が残る。
まず、巨額投資はオイルマネーに依存しており、原油価格の変動や、世界的な再生可能エネルギーへの転換がリスク要因となる。例えば2020年の原油価格急落時には、中東諸国のスポーツ投資予算が一気に縮小した過去がある。
また、外国人選手の大量流入は国内選手の育成を阻んでいるという声もある。サウジアラビア代表のロベルト・マンチーニ前監督(2024年10月退任)は退く直前の9月に、国内リーグで代表選手の出場機会が不足していると指摘。「20人がベンチに座っている」と述べ、クラブと代表の連携強化を求めた。
カタールでも、外国人枠(4人+AFC枠1人)による選手起用が続き、若手の成長機会が限られている。これが代表チームの弱体化につながれば、国家ブランディングの目的が絵に描いた餅に終わる可能性がある。
さらに、国際的な批判も課題だ。カタールW杯ではスタジアム建設に伴う労働者の死亡事故や人権侵害が指摘され、「スポーツウォッシング」との批判が高まった。サウジアラビアも同様の批判を受け、2025年6月のW杯予選プレーオフ開催地選定では、カタールとサウジアラビアの決定にインドネシアやイラクが反発したことが一部で報道された。こうした批判が積もり積もれば、投資意欲を減退させる可能性も考慮する必要がある。
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