
明治安田生命J3リーグ、FC岐阜に所属するFW石津大介。ドリブルとシュート精度の高さを持ち、2012年にアビスパ福岡へ加入後、計約7年半(2012-2021)福岡でプレー。その間約2年半(2014-2016)を期限付き移籍先のヴィッセル神戸でプレーした経歴を持つ。
2019年に大きな怪我を負いながらも、翌2020年には福岡のJ1昇格に貢献。今2022シーズンは豪華なFW陣を擁する岐阜で、20試合出場2得点(11月2日時点)を記録する。そんな石津に独占インタビュー。福岡時代のエピソードから、現在の岐阜での奮闘ぶり、今後の目標に至るまでを伺った。

福岡時代、大怪我乗り越えJ1昇格&残留達成
ーもっとも多くの期間を過ごしたアビスパ福岡で、特に印象に残っているエピソードを教えてください。
石津:やっぱり(J1)昇格したタイミング(2020年)ですかね。昇格というのは簡単にできるものじゃないと思いますし、良い経験になりました。試合をしていくなかでみんなが自信を付けていくのがわかりましたし、こうすれば勝てるというのが明確になっていくという経験ができたと思います。
ー2019年7月には、右膝前十字靭帯損傷、外側側副靭帯損傷、外側半月板損傷という非常に大きな怪我を負いました。
石津:全治6ヶ月という診断をされ、もちろんショックはありましたけど、6ヶ月後にちょうど(2020年の)開幕戦というタイミングもあって比較的すぐに切り替えられました。不幸中の幸いじゃないですけど、開幕戦に出るという目標ができたので、逆算してテンション高く頑張ることができたのかなと思いますね。
復帰していくなかでは、ショックなこともいくつかありました。怪我から何か月後か、久しぶりにボールを蹴ったときにボールが浮かなかった。ボールが全く飛ばなかったんですよ。これだけの期間ボールを蹴らなかったらここまでになってしまうんだと、それに対してすごくびっくりしましたね。それから始まり、練習に復帰してもなんかドリブルが足につかないんです。ボールを触っている感覚と、自分の頭の感覚が一致しないというのかな。足につかないとはこういうことなんだと感じて、そこが1番ダメージが大きかったですね。ドリブルの部分で違いを見せられない分、試合に出るために必要なことを逆算していきました。現代サッカーは前線の選手にもハードワークが求められますが、さらに周りと連携して守備の部分や、走力だったりというところを意識しながらやっていました。

目標どおりに2020年のJ2開幕戦に間に合わせた石津は、左サイドハーフ(以下、左SH)でフル出場。それまでにない守備意識の高さで、この年26試合出場4得点を記録し福岡のJ1昇格に大きく貢献した。
ー長谷部茂利監督(2020-福岡)のサッカーにおいて、SHは走力が求められますよね。
石津:そうですね。でも(2020年は)まずサッカーができることに、すごく感謝した年でした。若いときは『サッカーができて幸せです』というのは口だけで言ってる部分がありましたが、怪我から復帰した年からは、心から思えました。FW含め攻撃的な選手は基本的にあまり守備はやりたくないものだと思うんですけど、サッカーができる喜びや試合に出られる喜びの方が上回っていましたね。
ー右サイドから攻撃されたときに、左SHの石津選手がバイタルエリアを埋めている姿が印象的でした。
石津:茂さん(長谷部監督)は、縦と横の繋がりというのをすごく大事にします。ボールは1人では取れないので、自分が意識していたのはボランチとサイドバック(以下、SB)との連携でした。タイミングだったり守備の角度だったり、そういうところをすごく意識していましたね。今も福岡でキャプテンをしているヒロ(前寛之)が、これまで一緒にプレーした選手で見たことがないほど、ボールが出される場所への感度がすごかったので、自分もヒロやSBの選手とタイミングをすごくすり合わせました。
ー2021シーズンには、福岡の悲願であったJ1残留を達成しました。
石津:残留したシーズンの(アビスパ福岡の)選手たちの空気感がすごく良くて、自分がプロで在籍したなかでも1番仲が良かったなと思います。ありきたりかもしれないですけど、仲が良かった分結果も伴ったのかなと感じていますね。
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