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学法石川高で不祥事!サッカー部員18人停学!飲酒・喫煙…名門に問われる「規律」の正体とは

サッカーボール 写真:アフロスポーツ

 福島県の学法石川高校サッカー部は、部員延べ18人が飲酒・喫煙およびポケットシーシャの使用により停学処分を受けていたことで、世間の注目を集めている。昨年夏の全国高校総体(インターハイ)にも出場した実力校で起きた今回の事態は、単なる「生徒指導案件」として片付けられるものでは断じてない。

 同校によると、1月中旬の調査で6人が過去に飲酒または喫煙をしたことが判明。さらに12人がポケットシーシャを使用していた。学校側は「特別指導」として1〜2月にかけて最大2週間程度の停学処分を下した。「常習性はない」という説明は一応なされているが、それで幕引きとなるのか。

 まず「ポケットシーシャ」について整理しておく。ニコチンを含まない製品であれば法律上、未成年への使用制限は存在しない。だが学法石川はそれを校則で明確に禁じていた。理由は「依存性のある薬物やたばこの入り口になる可能性がある」という、きわめて真っ当な判断からだ。つまり学校は「リスクの入り口」として問題を正確に認識していた。にもかかわらず、部員12人がその禁止を破っていた。

 問題は「ルールを知らなかった」のではなく、「知っていて踏み越えた」点にある。

 ここ数年、高校サッカー界では不祥事が後を絶たない。部内暴力、ハラスメント、金銭トラブル。仙台育英など名門ほど、その「落差」が大きく報道される構造になっている。学法石川も例外ではなかった。インターハイ出場という実績がある分、今回の発覚は衝撃を持って受け止められた。

 だが最も問題視されるのは、不祥事の内容そのものよりも、「なぜ18人もの部員が同時多発的に規律を破れたのか」という環境の側の問題だ。

 一人が踏み外すことはある。だが6人の飲酒・喫煙と12人のポケットシーシャ使用が、ほぼ同時期に発覚している。これは「個人の逸脱」ではなく、チーム全体に蔓延していた「空気」の問題ではないか。強豪校特有の閉鎖的な集団環境の中で、「みんなやっている」という同調圧力が働いていた可能性を、外部から否定する材料はない。

 指導体制のあり方にも目を向けるべきだろう。現代の高校サッカー部は、練習・遠征・寮生活と、選手の日常生活に指導者が深く関与する場面が多い。それだけに「競技力の向上」に特化した指導が優先され、「人間教育」の部分が後回しになるケースは全国的に見られる傾向だ。結果を出せばよい、全国に出れば評価される。その空気が、じわじわと「規律の緩み」を許容する土壌を作っていく。

 強さと規律は、本来不可分のはずだ。

 しかし現実には、勝利至上主義のプレッシャーの下で、選手の「人としての成熟」が犠牲にされる構図が繰り返される。学法石川だけの話ではない。これは日本の高校サッカーが長年抱えてきた構造的な欠陥であり、今回の件はその「氷山の一角」と見るのが自然だ。

 停学処分という「特別指導」は下された。学校として一定の対処はした、という形にはなっている。だが処分を下すことと、再発を防ぐことは、まったく別の話だ。今後どのような内部改革が行われるのか、指導体制はどう見直されるのか。その具体的な回答を、学法石川は社会に示す責任がある。

 「常習性はない」という一言で収めようとするのであれば、それは甘い。18人という数が物語るのは、組織としてのガバナンスが機能していなかったという事実だ。個人の問題として矮小化すれば、また同じことが繰り返される。そして、それが高校サッカーに対するイメージを損なうことになることを、関係者は強く意識する必要がある。