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主力選手が監督を”追放”した衝撃事例。レアルから日本代表まで

バヒド・ハリルホジッチ 写真:アフロスポーツ

「選手たちの力学に追い出された」:ルイス・フェリペ・スコラーリ監督(チェルシー)

ブラジル代表を2期(2001〜2002年、2012〜2014年)にわたり率い、ジュビロ磐田(1997年)でも指揮を執った名将スコラーリ氏も、2008〜2009年シーズン途中、チェルシーで選手との確執により職を失った。

スコラーリ氏は後に「選手たちの力学によって追い出された」と公言し、FWディディエ・ドログバ、MFミヒャエル・バラック、GKペトル・チェフらが自分のトレーニング方法を拒絶したと名指しで批判した。チームの成績低下も重なり、フロントは選手の不満を汲み取る形で解任を決断している。


W杯2か月前の電撃解任:バヒド・ハリルホジッチ監督(日本代表)

最後に取り上げるのは、日本代表の事例だ。2018年ロシアW杯開幕のわずか約2か月前、2015年3月から代表を率いてきたバヒド・ハリルホジッチ監督(現ナント監督)が電撃解任された。

日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長(当時)は解任理由として「選手とのコミュニケーション不足と信頼関係の希薄化」を挙げ、後任に技術委員長の西野朗氏を指名した。デュエルとカウンターを重視する戦術に、当時の主力だったMF本田圭佑、MF香川真司、FW岡崎慎司をはじめとする選手たちが疑問を抱き、その溝が埋まらなかったことが決定打になったと広く報じられた。

こうした形で迎えたW杯だったが、グループリーグでは初戦でコロンビアを2-1で撃破し、第2戦のセネガル戦は2-2の引き分け。第3戦のポーランド戦では先制を許したが、他会場でセネガルが劣勢と確認するや、あえてリードを奪わず後方でのパス回しを選択するという”大バクチ”に打って出た。試合はそのまま0-1で敗れたが、セネガルと勝ち点・得失点差・総得点・対戦成績がすべて並んだ末、W杯史上初かつ唯一となる「フェアプレーポイント差」での決勝トーナメント進出を決めた。決勝トーナメント1回戦ではベルギーに逆転負け(いわゆる”ロストフの14秒”)を喫したが、ハリルホジッチ氏はこれについて「私が監督ならあのような事態にはならなかった」と発言し、さらなる反感を買った。


これらのケースに共通するのは、「監督の戦術や規律」と「選手のプライドやスタイル」が衝突したとき、最終的にクラブのフロント(代表チームなら協会)が”代えの利かない選手”を守るために監督を解任するという構造だ。選手のスター化と発言力の増大が加速する昨今、こうした事例はさらに増えていくかもしれない。監督にとっては、まさに”受難の時代”と言えそうだ。

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名前:寺島武志

趣味:サッカー観戦(Jリーグ、欧州5大リーグ、欧州CL・EL)、映画鑑賞、ドラマ考察、野球観戦(巨人ファン、高校野球、東京六大学野球)、サッカー観戦を伴う旅行、スポーツバー巡り、競馬
好きなチーム:Jリーグでは清水エスパルス、福島ユナイテッドFC、欧州では「銀河系軍団(ロス・ガラクティコス)」と呼ばれた2000-06頃のレアルマドリード、当時37歳のカルロ・アンチェロッティを新監督に迎え、エンリコ・キエーザ、エルナン・クレスポ、リリアン・テュラム、ジャンフランコ・ゾラ、ファビオ・カンナヴァーロ、ジャンルイジ・ブッフォンらを擁した1996-97のパルマ

新卒で、UFO・宇宙人・ネッシー・カッパが1面を飾る某スポーツ新聞社に入社し、約24年在籍。その間、池袋コミュニティ・カレッジ主催の「後藤健生のサッカーライター養成講座」を受講。独立後は、映画・ドラマのレビューサイトなど、数社で執筆。
1993年のクラブ創設時からの清水エスパルスサポーター。1995年2月、サンプドリアvsユベントスを生観戦し、欧州サッカーにもハマる。以降、毎年渡欧し、訪れたスタジアムは50以上。ワールドカップは1998年フランス大会、2002年日韓大会、2018年ロシア大会、2022年カタール大会を現地観戦。2018年、2022年は日本代表のラウンド16敗退を見届け、未だ日本代表がワールドカップで勝った試合をこの目で見たこと無し。
“サッカーは究極のエンタメ”を信条に、清濁併せ吞む気概も持ちつつ、読者の皆様の関心に応える記事をお届けしていきたいと考えております。

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