
W杯を見据えた“戦略的決断”
冨安はアビスパ福岡からシント=トロイデン(ベルギー)、ボローニャ(イタリア)と着実にステップアップし、2021年夏にはアーセナルへ加入。世界最高峰の舞台で主力としての地位を築いた。
しかし、その後は度重なる負傷に苦しむ。2024年10月のサウサンプトン戦を最後に長期離脱を余儀なくされ、2024/25シーズンの出場はわずか1試合にとどまった。
それでも契約は2026年夏まで残っていたが、冨安は自らその道を断つ決断を下す。2025年7月、クラブとの合意により契約を解除。安定した高額年俸を手放し、無所属の状態で再起を図る道を選んだ。
この選択の背景にあったのは、ワールドカップ出場という明確な目標だ。大会から逆算し、コンディションの回復と実戦復帰を最優先する。そのためには、出場機会を確保できる環境への移行が不可欠だった。
アーセナルのようなタイトル争いを続けるクラブでは、万全の状態でなければ継続的な出場は難しい。さらに契約が残る状況では移籍金が発生し、移籍先の選択肢が制限される可能性もあった。
だからこそ冨安は、あえてフリーエージェントという不安定な立場を受け入れた。リスクを伴う決断ではあったが、自らキャリアの主導権を握るための、極めて戦略的な一手だったと言える。
復活への道筋が見えた瞬間
そして2025年12月、冨安はアヤックス・アムステルダムに加入。契約は2026年6月までの短期契約で、コンディション面の不安もあり、現地ではリスクの高い補強と見る向きもあった。
それでも冨安は、2026年2月のエクセルシオール・ロッテルダム戦で途中出場し復帰を果たすと、3月のスパルタ・ロッテルダム戦では先発出場。着実に実戦感覚を取り戻しつつある。
この復帰過程を経て、日本代表への再招集も現実のものとなった。英国遠征でのスコットランド代表(2026年3月28日/日本時間29日)、イングランド代表(同3月31日/日本時間4月1日)との連戦は、ワールドカップ本大会を見据えた重要な試金石となる。
長期離脱の間、冨安はリハビリとトレーニングを繰り返す日々を送り続けてきた。出口の見えない時間を乗り越え、いま再びピッチに立っている事実そのものが、復活の証と言える。
その歩みが完全な復活へとつながるのか。答えは、間もなくピッチで示される。
コメントランキング