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欧州デビュー戦でゴールを決めた日本人選手5選

香川真司(左)久保建英(右)写真:Getty Images

サッカーの世界最高峰である欧州5大リーグ(プレミアリーグ、ラ・リーガ、セリエA、ブンデスリーガリーグ・アン)でのデビューは、多くの日本人選手にとって夢の実現だ。その初陣でゴールを決めることは、その後のキャリアを左右するほどのインパクトを持つ。

異国の地に渡り、チームメイトや監督との意思疎通もまだ不完全な中でゴールを決めることは、多大な努力はもちろん、運の要素も必要となってくる。欧州クラブに在籍する特に攻撃の選手が「ゴールやアシストなど目に見える数字」にこだわるのは、ファン・サポーターのみならず、辛口で鳴らす現地メディアや、クラブのフロント、そして代理人をも納得させなければならないからだ。よく日本のメディアが報じる「ゴールの起点となった」では足りない。

ここでは、欧州5大リーグに移籍し、デビュー戦でゴールを決めたことで周囲の懐疑的な声を封じ込め、サポーターの心をつかんだ日本人選手を紹介する(移籍金出典はいずれもTransfermarkt)。


中田英寿 写真:Getty Images

中田英寿(ペルージャ/1998年9月13日ユベントス戦)

イタリア中を震撼させた王者相手の2発

日本のサッカーファンに強烈な記憶を刻み付けたのが、1998年にベルマーレ平塚からセリエA(イタリア)のペルージャへ完全移籍したMF中田英寿だろう。ホームで行われた1998/99シーズン開幕戦のユベントス戦(スタディオ・レナト・クーリ/3-4)で、当時の世界最高レベルのユベントスDF陣から2得点を奪う衝撃的なデビューを飾った。

この活躍は、中田の以後の成功を予感させただけではなく、日本人選手が欧州のトップリーグで通用することを証明し、後に続く選手たちへの道を切り開いた。

中田は日本代表が初出場した1998年のFIFAワールドカップ(W杯)フランス大会で主力選手として出場したものの、チームは3戦全敗。中田のプレーを見たイラーリオ・カスタニェール監督(2023年に82歳で死去)が、ルチアーノ・ガウチ会長(2020年に81歳で死去/肩書はいずれも当時)に獲得を進言したというが、その実力は未知数で、イタリアメディアからは「商業的な選手獲得」という声すら上がった。

当時のペルージャは、前年セリエBで4位となった昇格組で、当然ながら降格候補の筆頭に数えられていた。カスタニェール監督は、同開幕戦にて中田をトップ下で先発起用。試合は前半のみで3失点し敗色濃厚だったが、後半に入ると戦況が一変する。

後半6分、ゴール前右サイドでパスを受けた中田は、ユベントスGKペルッツィのニアを抜くシュートを決め、後半14分にはCKからのこぼれ球をゴールに突き刺してみせたのだ。前季王者のユベントスを相手にしても臆することなく決定力を見せ付けた中田は、試合に敗れたにも関わらず『ガゼッタ・デロ・スポルト』紙上の選手採点では「8」を獲得。同シーズン、チーム最多10ゴールで強烈な印象を残し、チームも14位でセリエA残留となった。

1999/2000シーズンもペルージャに残留した中田だったが、冬の移籍期間に2,170万ユーロ(当時のレートで約34億7,200万円)でローマに移籍し、2000/01シーズンのセリエA制覇に貢献することになる。平塚からペルージャへ移籍した際の移籍金が約350万ユーロ(約4億2,000万円)だったことで、わずか1年半で市場価格が8倍以上となった。


大久保嘉人 写真:Getty Images

大久保嘉人(マヨルカ/2005年1月9日デポルティーボ・ラ・コルーニャ戦)

大ケガを押して出場続行した末の快挙

中田英寿の鮮烈な登場からおよそ6年半後、2004/05シーズンの途中にセレッソ大阪からラ・リーガ(スペイン)のマヨルカへ期限付き移籍したFW大久保嘉人が、持ち前の得点感覚をいきなり発揮し、現地のサッカーファンを驚かせた。

デビュー戦となったホームのデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦(ソン・モイシュ/2-2)。ベンチスタートだったが途中出場した大久保は、後半12分、右サイドからクロスを上げ、FWルイス・ガルシアの同点ゴールをアシスト。後半19分には、MFカンパノの右クロスを頭で合わせて同点ゴールを決めた。右膝に裂傷を負い、応急処置としてホチキスで傷口を留めながらプレーを続けたことでも話題となった。

対戦相手のラ・コルーニャは現在2部だが、当時はスペインはじめ各国の代表選手を揃え、欧州CL(UEFAチャンピオンズリーグ)の常連だった強豪で、そのインパクトは十分。大久保は2004年アテネ五輪での活躍によって、ドイツやイタリアなど6クラブからオファーがあったが、憧れだったスペインへの移籍を決めたと後に語っている。

大久保はその後、度重なる負傷の影響で離脱を余儀なくされ、チームも残留争いに加わってしまう。しかし終盤戦で復帰を果たすと、第36節アスレティック・ビルバオ戦と第37節デポルティーボ・ラ・コルーニャ戦で得点を記録し、奇跡的な1部残留に貢献した。

しかし、翌2006/07シーズン、エクトル・クーペル監督からグレゴリオ・マンサーノ監督に代わったことで出場機会が激減。日本代表からも遠ざかり、2006年のドイツW杯出場も逃したことで、失意のままC大阪に復帰することになった。

すると、今度はC大阪がJ2に降格したため、ヴィッセル神戸に期限付き移籍(後に完全移籍に移行)。神戸でのハイパフォーマンスが評価され、日本代表に再び選出されただけでなく、ドイツのVfLヴォルフスブルクのフェリックス・マガト監督(当時)の目に留まり、再び欧州に渡る。欧州移籍を経て、J復帰を果たした後、欧州5大リーグに再挑戦するという、当時としてはレアな移籍劇となった。

大久保の成功によって、マヨルカにはその後、複数の日本人選手が在籍することになる。家長昭博(2011年1月~2012年8月/現川崎フロンターレ)、久保建英(2019年8月~2020年7月、2021年8月~2022年6月/現レアル・ソシエダ)、そして2024/25シーズンから浅野拓磨が所属し、胸スポンサーも日本の素材メーカーの株式会社タイカで、主力商品の「αGEL」がプリントされている“親日クラブ”となっている。

大久保は2009年6月に神戸へ復帰後、川崎フロンターレ(2013-2016、2018)、FC東京(2017)、ジュビロ磐田(2018-2019)、東京ヴェルディ(2020)、C大阪(2021)を経て引退。現在は家族とともにバルセロナに移住し、ゆくゆくは指導者ライセンス取得も目指すという。

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名前:寺島武志

趣味:サッカー観戦(Jリーグ、欧州5大リーグ、欧州CL・EL)、映画鑑賞、ドラマ考察、野球観戦(巨人ファン、高校野球、東京六大学野球)、サッカー観戦を伴う旅行、スポーツバー巡り、競馬
好きなチーム:Jリーグでは清水エスパルス、福島ユナイテッドFC、欧州では「銀河系軍団(ロス・ガラクティコス)」と呼ばれた2000-06頃のレアルマドリード、当時37歳のカルロ・アンチェロッティを新監督に迎え、エンリコ・キエーザ、エルナン・クレスポ、リリアン・テュラム、ジャンフランコ・ゾラ、ファビオ・カンナヴァーロ、ジャンルイジ・ブッフォンらを擁した1996-97のパルマ

新卒で、UFO・宇宙人・ネッシー・カッパが1面を飾る某スポーツ新聞社に入社し、約24年在籍。その間、池袋コミュニティ・カレッジ主催の「後藤健生のサッカーライター養成講座」を受講。独立後は、映画・ドラマのレビューサイトなど、数社で執筆。
1993年のクラブ創設時からの清水エスパルスサポーター。1995年2月、サンプドリアvsユベントスを生観戦し、欧州サッカーにもハマる。以降、毎年渡欧し、訪れたスタジアムは50以上。ワールドカップは1998年フランス大会、2002年日韓大会、2018年ロシア大会、2022年カタール大会を現地観戦。2018年、2022年は日本代表のラウンド16敗退を見届け、未だ日本代表がワールドカップで勝った試合をこの目で見たこと無し。
“サッカーは究極のエンタメ”を信条に、清濁併せ吞む気概も持ちつつ、読者の皆様の関心に応える記事をお届けしていきたいと考えております。

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