ワールドカップ ブラジル代表

なぜブラジル人監督は“凋落”してしまったのか。初の外国人指揮官でW杯

ブラジル代表 写真:Getty Images

昨2024/25シーズンまでレアル・マドリードを指揮していたイタリア人のカルロ・アンチェロッティ監督が史上初の外国人指揮官として3月に就任し、新体制となったブラジル代表。6月10日に行われた2026FIFAワールドカップ(W杯)南米予選で、パラグアイ代表を1-0で下してW杯本大会出場を決めた。

同試合でブラジルは、FWヴィニシウス・ジュニオール(レアル・マドリード)が挙げた1点を守り切り、南米予選3試合ぶりの勝利を手にした。勝ち点を25まで伸ばして3位に浮上、7位のベネズエラ代表との勝ち点差を「7」とし、2試合を残して予選6位以内が確定した。

アンチェロッティ監督の初陣、6月5日のエクアドル代表戦はスコアレスドローに終わり、ただの1試合で不安説が囁かれていたが、マドリード時代の愛弟子に救われた格好だ。

ブラジルでは近年、国内各クラブでも外国人監督の招聘が多くなっている。欧州やJリーグにおいてもその傾向は顕著で、現在、ブラジル人監督が率いているJ1クラブはない。Jリーグ参入以来ブラジル路線をひた走っていた鹿島アントラーズですら、ザーゴ元監督(2021年4月解任)以来、ブラジル人監督を招聘していない。

なぜここまでブラジル人監督は“凋落”してしまったのか。その内的要因と外的要因を分析する。


カルロ・アンチェロッティ監督 写真:Getty Images

W杯優勝から遠ざかっているブラジル代表

ブラジル代表は、2002年の日韓W杯を最後に5大会連続で優勝から遠ざかっている。これは同国ワーストタイ記録だ。カタールW杯で8強止まりだったチッチ監督の後、実に3人ものブラジル人監督(ラモン・メネゼス監督、フェルナンド・ジニス監督、ドリヴァウ・ジュニオール監督)を据えながらも、短期間で解任を繰り返した。

まずはこの不安定さが、ブラジル人監督の信頼を損ね、アンチェロッティ監督のような外国人監督への期待を高めていると言える。

欧州では数々の栄光を手にしながらも、65歳にして初めて海を渡る決断をした新指揮官アンチェロッティ監督は、3月26日のW杯予選でアルゼンチン代表に1-4の屈辱的な大敗を喫した後に解任されたドリヴァウ・ジュニオール前監督の後任に指名されたが、この報は驚きをもって世界中に伝えられた。

何しろ指揮するのは「国民全員が代表監督」と言われるほどのサッカー王国ブラジルだ。多くのビッグクラブを率いてきたアンチェロッティ監督と言えども、その重圧は計り知れないものだろう。


フラメンゴ(ブラジル)写真:Getty Images

ブラジル国内でも外国人監督ブーム

ブラジル国内各クラブでは、特に2019年にフラメンゴを率いたポルトガル人のジョルジェ・ジェズス監督が、リベルタドーレス杯とブラジル全国選手権の2冠を成し遂げ、外国人監督のニーズが高まった。

これに対し、ブラジル人監督への信頼が相対的に低下。2022年カタールW杯での敗退後、ブラジル国内での調査では外国人監督支持が41%に上昇し、ブラジル人監督を望む声は48%に留まった。この流れが自国出身監督の評価を下げる一因となっている。

ちなみにジェズス監督は、今年4月30日の2024/25シーズンACLE(AFCチャンピオンズリーグエリート)準決勝でアル・アハリ・サウジに敗れ、アル・ヒラルの監督の座を追われたばかりだが、ブラジル代表ドリヴァウ前監督の後任候補として名前が挙がった優秀な指揮官で、未だ代表監督待望論が多い。


ブラジル代表 ドリヴァウ・ジュニオール前監督 写真:Getty Images

戦術トレンドへの遅れ、育成環境

ブラジル人監督は、「ジンガ」と呼ばれるブラジルサッカーの伝統的なや攻撃的スタイルに根ざした指導が多かった。一方、現代サッカーではデータを重視した戦術的多様性が求められている。欧州のビッグクラブでは、最新戦術を採用した指揮官が主流となり、ブラジル人監督の多くはこうしたトレンドへのアップデートで後手を踏んでいる。欧州で活躍するブラジル人監督が少なくなったのも、これが原因と思われる。

また、ブラジルサッカー界の育成環境も影響している。近年、ブラジルの育成年代での競争力低下は顕著で、2024年のパリ五輪では南米予選で敗退した。これが影響して指導者の育成も停滞。宿敵のアルゼンチンが優れた指導者を次々と輩出するのに比べ、ブラジルは指導者育成システムが不十分との声が上がっている。

さらに、ブラジル国内リーグのクラブは財政難にありながら、サポーターは短期的な結果重視の傾向があり、監督に長期的なプロジェクトを任せにくい環境に置かれている。ブラジルサッカー連盟(CBF)の監督選考プロセスも一貫性を欠き、メディアやファンの圧力が強いため、ブラジル人監督が安定して実績を積むのが難しい状況となっている。


ブラジル人監督の“凋落”は、外国人監督ブーム、戦術トレンドへの適応の遅れ、育成環境の停滞、代表チームの不振、構造的課題が複合的に影響した結果と言える。

アンチェロッティ監督が代表指揮官に就任といった思い切った改革への動きがあるものの、ブラジルサッカーの復活にはある程度の時間がかかるだろう。アンチェロッティ監督とブラジルサッカー連盟との契約は1年(2026北中米W杯終了まで)とされているが、結果次第では契約延長の可能性もあるという。

一朝一夕には変わらないだろうが、ブラジルサッカー界は自国の指導者育成の強化を進めなければ、ブラジル人監督が日の目を見る可能性はさらに遠ざかってしまうだろう。

名前:寺島武志

趣味:サッカー観戦(Jリーグ、欧州5大リーグ、欧州CL・EL)、映画鑑賞、ドラマ考察、野球観戦(巨人ファン、高校野球、東京六大学野球)、サッカー観戦を伴う旅行、スポーツバー巡り、競馬
好きなチーム:Jリーグでは清水エスパルス、福島ユナイテッドFC、欧州では「銀河系軍団(ロス・ガラクティコス)」と呼ばれた2000-06頃のレアルマドリード、当時37歳のカルロ・アンチェロッティを新監督に迎え、エンリコ・キエーザ、エルナン・クレスポ、リリアン・テュラム、ジャンフランコ・ゾラ、ファビオ・カンナヴァーロ、ジャンルイジ・ブッフォンらを擁した1996-97のパルマ

新卒で、UFO・宇宙人・ネッシー・カッパが1面を飾る某スポーツ新聞社に入社し、約24年在籍。その間、池袋コミュニティ・カレッジ主催の「後藤健生のサッカーライター養成講座」を受講。独立後は、映画・ドラマのレビューサイトなど、数社で執筆。
1993年のクラブ創設時からの清水エスパルスサポーター。1995年2月、サンプドリアvsユベントスを生観戦し、欧州サッカーにもハマる。以降、毎年渡欧し、訪れたスタジアムは50以上。ワールドカップは1998年フランス大会、2002年日韓大会、2018年ロシア大会、2022年カタール大会を現地観戦。2018年、2022年は日本代表のラウンド16敗退を見届け、未だ日本代表がワールドカップで勝った試合をこの目で見たこと無し。
“サッカーは究極のエンタメ”を信条に、清濁併せ吞む気概も持ちつつ、読者の皆様の関心に応える記事をお届けしていきたいと考えております。

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