前半の2ゴールでアジア女王に
前半13分、浦和は敵陣でボールを失うと、最終ラインの背後へ縦パスを通される。このパスの処理を同クラブDF長嶋玲奈が誤り、ボールロストから仁川の攻撃を浴びると、MFイ・ソヒにミドルシュートを突き刺された。
仁川にワンチャンスを物にされる苦しい展開となったが、浦和は先述の通り栗島のポジショニングが冴え渡り、ビルドアップが徐々に安定していく。迎えた前半22分、敵陣右サイドへ攻め上がった栗島がここで攻撃の起点を作り、中央のMF伊藤美紀(左サイドハーフ)へパスを送る。伊藤が仁川の最終ライン背後へ浮き球を送ると、これに反応したFW清家貴子(右サイドハーフ)が相手GKキム・ジョンミの頭上を射抜くシュートを放ち、同点ゴールを挙げた。
同26分にはMF塩越柚歩のコーナーキックにFW島田芽依がヘディングで合わせ、ゴールゲット。浦和が前半のうちに試合をひっくり返した。
仁川は後半から布陣を[4-4-2]に変えたものの、これにより浦和はハイプレス(前線からの守備)を仕掛けやすい状況に。FW島田とトップ下の塩越の2人で仁川の2センターバックへアプローチしやすくなったほか、栗島と柴田の2ボランチも相手の2ボランチを捕捉。浦和は駄目押しの3点目こそ奪えなかったが、敵陣でのボール奪取からいくつかチャンスを作り、仁川に反撃の機会を多く与えず。前半のリードを守り抜き、アジア女王に輝いた。
栗島の完全復活が浦和の原動力に
2021年10月14日に、自身2度目の前十字靭帯断裂(膝の大怪我)に見舞われた栗島。翌年10月に戦列復帰してからも再受傷の恐怖に悩まされていたことを、今年4月10日実施の筆者とのロングインタビューで明かしている。
「復帰してから人とぶつかるのが(接触プレーが)怖くて、これが最近まで続いたのですが、ウィンターブレイク明けの神戸戦から自分のなかで感覚が変わりました。それまでは(なるべく他の選手と)ぶつからないようにプレーしていて、(時が経つにつれ)自分のなかで怖さが無くなってきたと思っていたんですけど、潜在的に怖がっている部分がありましたね。自分ではもう怖くないと思っていても、いざそのプレーになると人に強く当たれないという状況が続きました」
「怖くないと思っていても、体がその状況(接触プレー)を避けるようになっている。どうすればこれを改善できるのか。これについては本当に最近まで悩みましたし、試行錯誤してきました」
「何がきっかけかは分からないですけど、神戸戦はなぜか全然緊張しませんでしたね。ウィンターブレイク中の沖縄合宿で練習試合を重ねたのもありましたし、自分の近くでプレーしている柴田選手、伊藤選手、塩越選手とも阿吽の呼吸が成り立っていて。この人がそのポジショニングなら、自分はここに立つというように、みんながバランスをとってくれる。自分の近くには、こんなにも心強い仲間がいると思えました」
「自分でボールを奪いきれなくても、自分が相手選手の体勢を崩してルーズボール(こぼれ球)にできれば、それを柴田選手や伊藤選手が拾ってくれる。こうした背景があり、本当の意味で接触プレーが怖くなくなった。それが3月3日の神戸戦でした」
この言葉通り、栗島は3月3日の神戸戦以降、持ち前の鋭い出足で浦和のハイプレスを下支え。同選手の復調に呼応するかの如く、浦和はWEリーグ2023/24第9節から19節まで12連勝を達成する(3月27日に第20節を前倒し消化)。栗島がレギュラーへ返り咲いたこの間、浦和は9つの無失点試合を達成している。栗島がトップフォームではなく、先発に定着していなかった今季のリーグ序盤7試合で浦和の無失点ゲームがひとつだけだった事実を踏まえても、同選手の影響力の大きさが窺えるはずだ。
アジアの覇権がかかった今回の大一番でも、栗島の守備の出足は鈍らなかった。これに加え[5-3-2]の守備隊形で撤退した仁川へのアプローチも的確で、相手がハイプレスを仕掛けないと見るや独力でボールを運び、仁川の守備ブロックに穴をあけている。「ゲームの流れを掴めるようになった」。冒頭の楠瀬監督の試合後コメントは、相手の出方に即した栗島の優れたプレー選択を指すものだろう。
後半途中からは左サイドバックを務め、これも遜色なくこなしている。ジュニアユース時代から浦和一筋。まさしくバンディエラ(※)の29歳栗島が、多彩なプレーで浦和にアジアタイトルをもたらしてみせた。
「今はすごく楽しくサッカーをできている」。これは3月27日のアルビレックス新潟レディース戦(WEリーグ第20節)終了後に、栗島が残したコメントである。トップフォームを取り戻し、大切な仲間とサッカーをすることの喜びを噛み締めていた背番号6のレジェンドに、勝利の女神が微笑んだ。
(※)イタリア語で「旗手、旗頭」の意。サッカー界ではひとつのクラブに長く所属している選手を指す。
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