アウべス
43冠と、サッカーの歴史の中で最も多くタイトルを手に入れたダニエウ・アウべス。2008年から2016年までにバルセロナではラ・リーガ6回、コパ・デル・レイ4回、チャンピオンズリーグ(CL)3回、クラブワールドカップ3回を優勝するなど、素晴らしい8年間を過ごした。
その彼が2016年にユベントスに移籍すると報じられると、イタリア国内では大きな話題となった。ビアンコネーリでは大怪我もあったが、重要な存在であったことに変わりはない。セリエAではスクデット(セリエA優勝)とコッパ・イタリアのタイトルを手に入れた上で33試合に出場し、6得点を挙げたのだ。
しかし、アウベスはたった1年で自らユベントスとの契約を解消し、パリサンジェルマン(PSG)へ移籍した。移籍後初の記者会見では「ユベントスよりPSGの方が比べ物にならないぐらいしっかりしている。このクラブでCLを優勝したい」と攻撃的な言葉を残している。この発言によって彼はビアンコネーリのサポーターに嫌われることとなった。
イアゴ・ファルケ
サッカー界のアカデミーの中で、バルセロナの下部組織は最も多くの一流選手を生み出してきた育成機関の1つだ。イアゴ・ファルケもバルセロナの下部組織から羽ばたいた宝石の1つだ。彼は若い頃からユベントスに興味を示され、2008年にスペインを離れてビアンコネーリのユースチームに移籍することとなった。
ファルケはチームを支える選手になるとみられていた。しかし、期待通りにならないのが世の常だ。2009年にはセリエAに昇格したばかりのバーリにレンタルで移籍。そこで経験を積むはずだったが、トップクラブの試合には一度も出場することができなかった。その後、ビジャレアルのBチームにも貸し出され、ユベントスは彼との契約を更新しないことを決断した。
しかしイアゴ・ファルケは別のルートで多くのクラブが興味を持つほどの立派なプロ選手となったのだ。トッテナムに拾われると着実に経験を積み、2014年から現在までジェノアとトリノで大活躍を見せている。
ポル・ガルシア
忘れている人が多いかもしれないが、バルセロナとユベントスの間で行われた取引の中にはもう一人の大物と呼べる選手がいる。ポル・ガルシアだ。2011年にラ・マシア(バルセロナ・アカデミー)からユベントスに渡ったが、期待に応えられなかった選手だ。
ユベントスのユースでは3年を過ごしたが、イタリアではプロの世界への入り口を見つけることができなかった。ビアンコネーリからコーモ、ビチェンツァ、クロトーネ、クレモネーゼなど2部、3部クラブへのレンタル移籍を繰り返し、最終的にはイタリアを去ることとなった。
2018年からベルギーリーグのシント=トロイデンに所属。冨安健洋、遠藤航、鎌田大地など、日本人のトップ選手とともにプレーしている。
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