
ユース時代、「川崎フロンターレのアカデミー史上最高傑作」と称されたMF三好康児も、2026年で早くも29歳を迎える。Jリーグでは出身の川崎を経て、北海道コンサドーレ札幌、横浜F・マリノスと渡り歩き、その後、海外へと活躍の場を移した。
欧州ではベルギー1部のロイヤル・アントワープ(2019-2023)、イングランド2部のバーミンガム・シティ(2023-2024)でプレーし、2024年8月からは当時ドイツ1部のVfLボーフムに加入。
一見すると、サッカー選手として順風満帆なキャリアを歩んでいるようにも見える。しかし、バーミンガムでは3部への降格、さらにボーフムでも2部降格を経験し、2年連続で降格という憂き目に遭っている。また、子どもの頃からの夢だと語っていたFIFAワールドカップ(W杯)も、2022年のカタール大会は左膝前十字靭帯損傷の影響で日本代表入りを逃し、2021年を最後に代表からも遠ざかっている状況だ。
ドイツ2部へ降格して以降、三好に関するニュースに触れる機会は1部在籍時と比べて明らかに減った。バーミンガム時代から取材を続けてきた筆者としても、一抹の寂しさを感じていたのが正直なところである。
そこでドイツまで足を運び、三好に独占インタビューを実施。直近2シーズンでの降格やボーフムでの現在地、日本代表への思い、自身が見据える今後のキャリアについて訊いた。

バーミンガムがルーニー体制下で悪夢の降格
ーバーミンガム・シティ在籍の2023/24シーズン、当時の監督が10月に解任され、新監督に元マンチェスター・ユナイテッドのウェイン・ルーニー氏が就任しました。その後チームは急降下し、結果3部降格となりました。当時、チーム内で何が起きていたのでしょう?
三好:特別何かがあったということはないんですが、チームがどこを目指しているのか、トレーニングの中で何を要求されているか、方針がイマイチわからなくなったという感じはありましたね。(ルーニー)監督と僕を含む選手間で理解が進まない。でも、チャンピオンシップ(英2部)は試合数が多いのでどんどん試合が来る。そんな感じでズルズルと時間が過ぎ、どんなプレーが必要なのかをみんなが見失っていました。
ールーニー監督は当時パスサッカーを掲げていましたが、プレーする選手たちが戸惑っていることは観客側からも感じ取れました。
三好:当時のバーミンガムはボールを保持するようなチームじゃなかったんですが、いきなりそれをトライして…。ルーニーのようにレジェンド級の選手だったら、自分がプレーするイメージを持てると思うんです。ポジション取りやビルドアップなど全員が上手いチームだと、ある程度の共有ができると思うんですが、当時のバーミンガムはそういう選手たちではありませんでした。特に後ろのDFやキーパーたちは、ボールを繋いできた選手ではなかったですし、急に後ろから繋ぐことを求められても、どうしたらいいか分からずに、やみくもなビルドアップになってしまう。相手チームにしてみれば、まさに恰好の餌食だったと思います。
ールーニー監督の指導方針で分かりにくかったことはありますか?
三好:悪くは言いたくないですけど、色々ハッキリしてなかったと思います。プレーする中で、チームとしてどういうものを求めているのか緻密さがなかった気がしますし、ミーティングの回数も少なかったですね。全体として「ざっくりしていたな」という感じがあります。
ルーニーからすれば「選手自身が自分で(考えて)やれるでしょ?」という感覚だったと思うんですが、ルーニーの個人レベルとチャンピオンシップの選手レベルは違うので、要求の仕方を変えなければいけなかったと思います。リーグが変わればやり方もレベルも変わる。そこで要求の内容やチームの戦術をどれだけ選手に任せるかは変わってくると思うんです。その部分があまり噛み合ってなかったなと、今振り返ると感じますね。

ボーフムへの移籍
ーバーミンガムはプレミア昇格を目指していながら、まさかの3部に降格してしまいました。その後、ドイツ1部のボーフムに移籍しましたが、その経緯を教えてください。
三好:チャンピオンシップの中でも(僕に)興味を持ってくれているクラブはありました。その当時、年齢も若くはなかったですし、やはり「3部でプレーする」というイメージが湧かなくて、できればもっとレベルの高いリーグでやりたいという思いがあり、当初から移籍先を探していました。ボーフムとは早い段階から話をしていたのですが、移籍には様々な動きが絡み合うので調整に時間がかかり、(夏の移籍市場)最終日にまでもつれこんで、やきもきしましたね。
ーボーフムへ移籍した決め手を教えてください。
三好:まずはブンデスリーガだったということですね。前年の2023/24シーズンにギリギリで残留したというのはFW浅野拓磨くん(現マジョルカ)もいたので知っていましたが、できるなら高いリーグでやりたいという思いがありました。なので、ボーフムが苦しい状況にあるということは分かっていても、やっぱりブンデスリーガに挑戦したいという気持ちが強かったです。
W杯北米大会の1年前でもありましたし、ブンデスで活躍することができればW杯のメンバーにも食い込めると思っていたので、その気持ちもありました。チャンピオンシップではチームが降格してしまったものの、個人的にはある程度掴める部分もありました。でも、自分のポジションでは代表に入るのは難しいと考えた時に、やっぱり「欧州トップリーグの1部でやらなきゃ」という思いがあって、そのチャンスを掴もうと。
ードイツ語は勉強していますか?
三好:全然やってないです(笑)。こちらに来て最初の3ヶ月くらいはドイツ語のレッスンを受けたんですが、あまりうまくいく気がしませんでした。中途半端にやるくらいなら普通に英語で喋って英語で聞きにいった方がいいかなと思って。2年経って、ある程度のこと(ドイツ語)はわかるようになってきた部分もあります。
僕以外にもドイツ語がわからない選手がいるので、たまに英語メンバーだけでのミーティングがあります。わからないところがあったらチームメイトやスタッフに聞きにいく感じです。ベルギーの時もそんな感じだったので、特に苦労はないですね。
ーボーフムの街はどうですか?
三好:デュッセルドルフが近いので日本人は住みやすいです。日本食も食べに行くし、買い物もします。昨年でいえばボルシア・メンヒェングラートバッハにDF板倉滉(現アヤックス・アムステルダム)が住んでいたのでよく会っていました。今はFW町野(修斗)やDF高井(幸大)がいますよね。あとMF田中聡が最近デュッセルドルフに来たので、たまにみんなで飯を食いに行ったりします。DF(菅原)由勢(ヴェルダー・ブレーメン)は遠くて、こっちに来てからまだ会えていないんですよね。
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