
世界中のあらゆる産業界に変革をもたらしている「生成AI」。それがサッカー界をも根底から揺るがそうとしている。
2026年1月、FIFA(国際サッカー連盟)とレノボは、生成AIを活用した知識アシスタント「Football AI Pro」を発表した。同プロジェクトでは、北中米で開催されるFIFAワールドカップに出場する48か国すべての選手を対象に3Dアバターを生成し、判定支援の高度化やファン向け没入体験の提供などを目指すとしている。大会運営と観戦体験の双方にAIを組み込む構想は、これまでにない規模といえる。
かつて2002年W杯を日本に招致する過程では、スタジアムのピッチ部分に3D映像装置を設置し、あたかもその場で試合が行われているかのように再現する「バーチャルスタジアム構想」が取り沙汰された。しかし最終的に大会は韓国との共催となり、この構想は実現には至らなかった。それから四半世紀近くが経過した現在、当時は構想段階にとどまっていた技術が、AIの進化によって現実味を帯び始めている。
一方で、AI革命は必ずしも明るい側面だけではない。無名の若手選手がスマートフォンを活用し、AI分析を通じてプレミアリーグの下部組織に入団した事例が報じられる一方、元スペイン代表監督がデータツールや生成AIの活用を巡ってクラブ内部で議論を呼び、結果として指揮官交代に至ったケースも伝えられている。こうした対照的な出来事は、サッカー界におけるAI活用の光と影を象徴している。
戦術分析の高度化、スカウティングの効率化、試合運営の自動化――生成AIは競技の周辺領域を急速に再編しつつある。欧州のトップクラブがデータ戦略を強化する一方で、アマチュアレベルでも生成AIを用いた分析が浸透し始めている。だが同時に、「どこまでをAIに委ねるのか」という根源的な問いも浮上する。
ここでは、最新動向を踏まえながら、生成AIがサッカーにもたらす変革の実像と、その裏側に潜むリスクを多角的に検証する。
戦術はアルゴリズムで描けるのか
生成AIによる戦術立案の代表例が、Google DeepMindが協力し開発された「TacticAI」だ。リバプールとの共同研究として進められ、コーナーキック時の選手配置を分析し、得点確率を予測するモデルを構築。2024年3月19日には『Nature Communications』で論文が公開され、イングランドのトレーニング環境で検証が行われた。従来はコーチの経験に依存していたセットプレー設計を、AIの客観データで補完することが目的とされる。
この手法では、選手の位置や速度、身長、体重などをグラフ構造で扱い、「グラフ・ニューラル・ネットワーク(GNN)」で相互関係を分析する。配置全体の関係性を数理的に捉える点が特徴だ。
日本でも研究は進む。名古屋大学大学院情報学研究科の藤井慶輔准教授は、2025年12月15日の研究ブログで「Google Research Football」を活用した選手行動のモデル化を紹介。チェスや囲碁でAIが人間を上回った事例を背景に、戦術提案への応用可能性を示した。一方で、ペップ・グアルディオラ監督やジョゼ・モウリーニョ監督のような指揮官を直ちに超えるのは難しいとも指摘し、将来的には「戦術はAI、マネジメントは人間」という役割分担が進む可能性に言及している。
データが才能を掘り起こす
生成AIが特に存在感を示しているのがスカウティング分野だ。2018年創業のダレン・ペリーズ氏によるプラットフォーム「aiScout」は、選手がスマートフォンで自主練習を自撮りし、その映像をAIが即時分析・評価する仕組みを採用している。イギリスでは公園やグラウンドでテストが行われており、従来のスカウト網では見落とされがちだった選手に機会を提供することを目的としている。ペリーズ氏は、16歳の息子がトッテナム・ホットスパーから契約解除となった経験が開発の原点だったと語っている。
報道例として挙げられるのが、アンドレ・オデクのケースだ。2021/22シーズンにイングランド7部リーグで18試合25得点を記録しながら無名だった彼は、aiScoutを通じてロンドンの公園でテストを実施。AIがスピードやボールコントロールを高く評価し、そのデータがプレミアリーグのバーンリーの目に留まったとされる。U-23チームのトライアウトに招待され、アシストを記録。『WIRED』の取材では「AIがあればデータで評価され、道が開ける」と語り、過去にアーセナルやブレントフォードから放出された経験を乗り越えた思いを明かしている。
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