UEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝が6月1日ウェンブリー・スタジアム(ロンドン)で開催され、レアル・マドリード(ラ・リーガ)がボルシア・ドルトムント(ブンデスリーガ)を2-0で下し、15度目の欧州王者に輝いた。マドリード率いるカルロ・アンチェロッティ監督が、監督としてチームを欧州CL優勝に導いたのは5度目となる。
ここではCL決勝戦の流れを振り返りつつ、試合前から始まっていた心理戦にも注目してみよう。
CL決勝戦の流れ
試合は、73分にマドリードFWビニシウス・ジュニオールが、目を疑うほどの技術で相手DFの股抜きをしてCK(コーナーキック)を獲得し高笑い。このようなプレーを見せられては、敵も味方も一瞬うっとりとしたに違いない。直後のCKで相手DFを突き放してニアサイドに走り寄ったDFダニエル・カルバハルが頭で合わせてマドリードが先制。プレーの流れはもちろんのこと、心理的にもビニシウスがお膳立てした。
その後、勢いづくマドリードがスタジアムの雰囲気をのみこんでいくのに対して、ドルトムントは集中力を欠く場面が目立ち始める。そして83分にドルトムントがディフェンスラインで痛恨のパスミス。マドリードは、そのボールを奪うと左サイドのビニシウスに繋いで追加点。
87分には、ドルトムントが左クロスからヘディングでゴールネットを揺らすもオフサイドの判定。万事休すで1997年以来、2度目の欧州制覇はお預けとなった。
試合前から始まっていたビニシウスの心理戦
ビニシウスの股抜きはマドリードの先制点のきっかけとなったが、実はそれよりずっと前に伏線があった。
両チームが陣取って試合が始まろうかという刹那、キックオフするはずのドルトムントの選手たちが、マドリード陣内の深くまで走り込んでいって、その向こうのドルトムントのサポーター席の大声援に手を叩いて応えた。ドルトムントのサポーターは熱狂的なことで知られるが、ロンドンは中立地である。自分のチームへの声援を煽り強調することで、マドリードにプレッシャーを与える効果があった。仮に意図していなくても相手の集中をかき乱すには十分で、ファンに挨拶をする選手を審判が制止することも難しい。
対するマドリードは試合序盤でスペースも時間的余裕もない状況で、ビニシウスが強引なまでのドリブル突破で複数のドルトムント選手を突破し、最終的にはボールはラインを割ったが、両手を突き上げて雄叫びを上げて、その向こうに陣取るマドリードサポーターを大いに煽った。
このように両軍が、どうにかしてスタジアムの空気を味方につけようと画策した痕跡が見受けられる。
では、なぜ会場の空気が大事なのか。それは、日本の伝統芸能にも確認することができる。落語では、登場するとまずは、まくらで小ばなしをして聴衆の心をつかむ。「つかみ」がうまくいけば、本題にうまく客を引き込むことができるのである。
サッカーの試合でも同じなのだが、リーグ戦ではホーム&アウェーでホームチームのサポーターが圧倒的に多くなる傾向があるため、ホームチームに有利な雰囲気になる。逆に拮抗すると危険なので、割合をホームファンに傾斜するようにしている場合もある。
しかし、欧州CL決勝は事前に開催地が決められており、スペインとドイツのクラブにとってロンドンは中立地。決勝戦というプレッシャーのかかる試合では、とりわけ心理戦は重要になる。
つまり、ビニシウスは中立地で開催される決勝で場の雰囲気や観衆を味方につけて、心理的に優位に立てるようにエンターテイナーを演じたのである。技術と演技で圧倒して、数字に出ないところでも大きく貢献していた。ブラジルからやってきたまだ23歳の若い役者が、心理戦でマドリードをリードしているのだから見上げたものである。
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